4-3 異世界の兎は大槌を振るう
巨大な顔面モンスターはその二つの顔でにやりと笑った。ジアースは宙を飛びモンスターを攻撃しようと突進する。
直後、不敵な笑みがどんな意味をするのかを理解した。
「ダークボム!」
ジアースの目の前に二つの黒い球体が出現する。思わず真っ二つに切り裂くと、球体は瞬く間に爆発した。
「うわっ!なんだあれ、爆発するのか!?」
爆風の勢いで辺り一帯が土煙まみれとなった。腕で防いでたし、ジアースと距離があったからよかったものの生身で食らったらひとたまりもない。
「カルマ、遠距離攻撃で徐々に詰めていけ!」
「他人の心配をする余裕があるのか?」
俊也は隙間を見て助言を出すも、マテラスの交戦で一言声をかけるのがやっとだ。
「遠距離、それなら……!」
心を落ち着かせ、呼吸を整える。力をジアースへと注ぐように念じ、解き放つ。
「突き刺せ、ジアース」
ジアースは剣をモンスターに向けると同時に、爆風で飛び散った床の破片を浮かばせ、次々にホーミングさせる。
破片はモンスターに命中し、痛そうに目を瞑って耐えている。
「すごい! 早速使いこなしてるじゃないですか! あんなやつ倒しちゃってください!」
ウサギさんは柱の陰で元気に応援している。だが、その言葉が聞こえたせいなのか、モンスターは薄目を開けてまたにやりと笑った。
「ウサムービット! 出てきちゃだめだ!」
モンスターは回転し、もう一つの顔を見せると口から茨の棘を飛ばしてきた。
自分でも不思議なくらいに柱まで駆け走り、ウサギさんを抱えてその場を離れた。
茨攻撃をジアースで受け流そうとしたが、剣を構えるのが間に合わずジアースに命中する。
「ぐっ……!」
「カルマさんっ! 大丈夫ですか!?」
「ジアースのダメージは少しでも僕に返ってくるみたい……」
「そんな……」
ウサギさんを横わきに抱え、剣を構える。「打ち落とせ、ジアース!」と頭が響くほど叫び、もう一度ジアースにホーミングを打たせようとした。
「無駄だ、もう直に動けなくなるだろう」
「な、に……」
構えた剣が地面に落ちる。徐々に立つのもきつくなり、僕は地面に片膝をついた。
「カルマさん!」
「あの方ほどではないが、私にも呪いを与えることが出来る。小娘のような時限性、そして貴様のような即効性の呪いをな」
「時限性……ナイムちゃんにそんな呪いかけたなんて……それに、カルマさんまで……!」
「ウサムービット、僕から離れないで……」
ぎゅっと抱えた腕を強める。また爆風で飛んだりしたらウサギさんが狙われてしまう。
「カルマさん、あたしも、あたしも戦うから!」
「危険だ。僕なら平気だから」
「無茶しないでよ! あたしだって、あなたの役に立てる!」
「モンスターは君じゃ倒せない」
モンスターが僕らを見下ろして笑いだす。二つの顔で笑い飛ばした声が、頭をつんざくように響く。
「そのちびが戦うだと? 笑わせてくれる。力もなにもないやつがどうするというのだ! はーはっはっはっはっは!」
ウサギさんは体をうねらせて僕の腕から抜け出し、目の前で小さな腕を広げながら立った。
「なんだ、冗談じゃないというのか。本気でこいつの代わりに戦うとでも?」
「戦うわよ。カルマさんには悪いけど、これはあたしのわがままよ」
「ウサムービット……」
ウサギさんの背中は小さく、それでいてどこか人を優しく包み込むような強さを感じた。
「ずっと一人で、旅する仲間ができたと思ったらお荷物で、それでも一緒にいてくれる人たちを見捨てられるわけないじゃない」
大広間に剣を打ち合う音だけが木霊する。ウサギさん、彼女の決意は本物だ。
その背後にいる僕を守るため、彼女は今の恐怖も、孤独だった恐怖も超えようとしている。
「モンスターのくせに、たかが人間ごとき守って何になる!!」
怪物はまた顔を回転させ、黒い球体を飛ばしてくる。
「あたしは、知らない誰かのために、あたしのようなウサギに命を張れる人間になりたいのよ! お前みたいなモンスターと一緒にするなぁぁぁぁ!!!」
黒い球体を防ごうとジアースを前に出そうとする。しかし、不思議な青い光がその黒い球体を爆破した。
「あの光は……」
「ウサ公、お前も力を使えるのか……!」
『孤独を乗り越えんとする意思。その栞は、その光で暗き道を照らさんとするものに与えられた光輝の楔』
彼女の元に一冊の本が降りてくる。開かれたページから栞が飛び出す。小さな手、いや彼女は自分の耳で栞を掴む。
『人を支え、癒す者よ。今こそ 光輝の果てへと旅立つがいい』
光が彼女を包み、その輝きで目を開けることさえ難しい。
「こ、これは……!」
「何が起こるんだ……」
モンスターは突然のことに驚きを隠せずに狼狽する。マテラスも二度目の光景に期待を寄せていた。
光が徐々に落ち着き、目を開けた先には肌色の脚が二本立っていた。
ウサギさんらしき影は見当たらず、徐々に見上げると紫の小さなハートがちりばめられたスカートとウサ耳のついた白いパーカーが見えた。
二本結わいているピンクの髪の毛は、まるでウサギの耳のようにぴんと立っている。
だがまるで人間のように見える。というか人間にしか見えない。
「これがあたしの姿……」
「え、え……」
「カルマさん、あたし、人間になってますよね?」
「ああ、人間になってる……」と俊也がすかさず答えると、機嫌悪そうに俊也のほうを睨む。
「あんたには聞いてないでしょうが!!」
「カルマ、あんぐりしてるとこ悪いが、今のが証明だ」
ウサギさんが人間になったのだ。いろんな突拍子もないことが起きてはいたが、
「そっか。ウサムービット、おめでとう」僕は素直に受け入れることしかできなかった。深く考えると、余計に呪いが回って倒れそうということもあるけど。
「ありがとうございます! さあ、ほんとに力になりますよ、ムーン!」
彼女の真上には、長い耳と巨大なハンマーを持つ生物が現れていた。子供らしい水色のフリルを身に纏い、敵を睨む赤い眼光は白い肌も相まって、より大人びているような風貌も感じ取れる。
「行くよ! ……えーと、元気になーれ!」と適当なおまじないのように叫ぶと、ムーンはハンマーを掲げながら緑色に光る粒子を飛ばした。
「あれ、体が軽い……」
その粒子に当たっているとだんだん頭痛もなくなり、立ち上がっても苦しさを感じられなくなった。
粒子はナイムにも飛び、呪いが解けると徐々に地面へ落ちていく。
「ナイム!」
「どぅわ!!」
その様子を見ていたマテラスが思い切り剣をはじき、俊也を壁に吹き飛ばす。
ナイムをお姫様抱っこで抱え上げ、ナイムに何度も声をかける。
「大丈夫か、ナイム。返事しろ!」
「……んにゃ、あれ? マテラス?」
「はぁ……のんきに寝ている場合じゃないぞ」
ふっと微笑むマテラス。ゆっくりとナイムを立たせ、再び剣を構える。
「形勢逆転だな、怪物」
「あたしをバカにしたこと後悔させてあげるわよ」
モンスターはウサムービットの言葉で悔しそうに歯ぎしりを立てる。
「人間ごときがァァァ! こうなりゃ数で勝負だ!」
黒いヘドロを地面に吐き飛ばすと、地面から骸骨兵や牛顔の怪物を生み出した。
「汚い真似を……こいつらは俺たちが相手をする! 貴様たちはあいつを倒せ!」
「本調子じゃないけど、助けてもらった恩は返すよ!」
マテラスとナイムは敵たちにところに攻め込み、次々と倒していく。
「勝手なことを言いやがって。借りは返せよ!」
壁から起き上がった俊也も飛び出てくる骸骨兵を切り裂き、僕の元へ走ってくる。
「小癪な……お前らまとめて呪い殺してやる!!」
頭を回転させながら黒い球体と茨の棘を飛ばす。壁や地面のいたるところに当たり、粉塵が大きく巻き起こる。
「マーズ、焼き尽くせ!」俊也の一声でマーズは両手を前に構えると、飛んでくる茨を火炎放射で炭に変えた。
「地面よ、突き出ろ!」僕はジアースの力で地面を隆起させた。しかし黒い球体がぶつかると同時に爆破し崩れ去ってしまった。
「そのようなことで私の元に辿り着けるわけないだろう!」
「だったら、カルマさん! もう一回お願いします!」
「……わかった。いくよ、ジアース!」
ジアースは次々と地面を何度も隆起させ、モンスターを囲みながら螺旋階段状の岩の柱を立てた。
「いくよー! おりゃりゃりゃりゃりゃあ!」
ウサムービットは岩の柱を軽快に飛び進んでいく。
「無駄なことを! くらえ!」
モンスターも負けじと黒い球体を放出する。それをジアースの岩のホーミングで爆破していく。
「邪魔なものは壊したよ、ウサムービット!」
「ありがとうございます! さぁて、もう目と鼻の先よ、モンスター!」
すでに彼女はモンスターの前に仁王立ちしていた。モンスターも顔が引きつったように彼女を見て怯えている。
「や、やめろ……私を倒しても魔王はいないんだぞ……」
「大事な人を傷つけた罰だよ。ぶっおちなさい!」
モンスターの真上に飛んだ彼女。そして、後ろに飛んでいたムーンはみるみる姿を変え、次第に彼女よりも一回り大きいハンマーへと変形した。
ムーンハンマーは彼女の両手に握られ、渾身の一発がモンスターの眉間に命中すると勢いよく地面へと落下した。
紙くずのようにばらばらとモンスターは散っていき、彼女はハンマーから姿を戻したムーンに抱えられながらゆっくり降りてくる。
「スカッとしたわ」
「僕もなんだかすっきりした」
「いや、まだあんまり納得いかねぇんだが……」
僕とウサムービットがけろっとしている横で、ウサムービットをじっと見ながら眉をひそめた俊也がいた。
「よいしょ! これで最後っと」
「あちらも片付いたようだな。道理で敵数が落ち着いたわけだ」
マテラスたちも骸骨兵たちを倒してこちらに戻ってくる。
「貴様らがここに着く前に、勇者たちはこの先へと進んでいった」
「なに!?」僕らが一斉にマテラスのほうへと向く。
「なんとか止めようとしたが……あとはお前たちの知ってる通りだ。申し訳ない」
「僕らはなんともないけど。でもあのモンスターが言ってることが本当なら……」
「この先に魔王なんていねぇ。だがあいつは魔王と戦ったことがあるようだったぞ」
再び、僕たちは階段の先を見つめる。一直線に続く階段を上れば、勇者がどんな過去だったかわかるのかもしれない。
「……僕らは、真実を知りに行かなきゃ」僕の声に、みんなが強く頷いた。
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