4-2 未来の目標

 親には学校に行けと言われる。下駄箱を開ければ水カビのような臭いが蔓延する。教室に入れば楽しそうな会話が聞こえる。

僕の机も彼らの楽しみになっているようで、いつも楽しそうな落書きが描いてある。


 体育ではわざとボールを当てられる。授業で黒板の問題を解くときは、行きも帰りも殴られる。弁当は勝手に全部食べられる。掃除は全部やらされる。

 下校時間、下駄箱を開けると履いてきた靴がない。いつもの掃除用具入れに隠してあった。


 自問自答をした。これって普通なの? まだまだ序の口だから、耐えればいいの?


 金髪の男。火山というやつは不良で全然学校に来ない。僕もそうしたい。あいつみたいに学校に来なければ、こんな毎日まいにちマイニチ、苦しむことはなかった。


 僕の人生どこで間違えた? 僕はゲームの画面に問う。セーブウサギはただセーブかロードを勧めてくるだけだった。


 ロードできるなら、僕は、別の世界のヒーローとして生まれ変わりたい。



 昨日来た時とは違い、僕らは室内にいるようだ。石壁つくりのすすけた城、骸骨や崩れた柱や像が転々としている。


 大きな扉と客人を迎えるような広間に、両脇を長い階段が伸びている。広間の突き当りには窓があり、ウサギさんが外を覗いている。


「城の中、ベルベロッソ王国に来たのかな?」

「おい、ウサ公が呼んでるぞ」

「俊也は行かないの?」

「……窓の近くは上から目薬が飛んでくるからな」

「そんなことわざがあるなんて。覚えておく」


 俊也はたまに頭のいいことを言う。ちなみに意味は分かってない。

ウサギさんの元へ向かうと、窓の外を指さしながら訴える。


「あれ、マテラスさんたちと向かった塔ですよね?」

 奇妙な配色の廃墟、ナモナキ村の裏山を上った先で骸骨龍と戦った場所だ。あの時上から眺めた城がここに当たるというわけだろう。


「あの塔があそこにあるということは……」

「僕らは魔王城に来たのか……」


 これが最後のテープなら、この魔王城でなにかが起きる。勇者になってしまった原因があるかもしれない。


「なんだか、不思議です。カルマさんと俊也に出会うまでは一人だったのに」

 ウサギさんが窓の外を見ながら呟く。

「あっちの世界に行ったり、こっちの世界に来たり、いつの間にか一緒にいるのが当然って感じして……。 これが終わったら、また一人になっちゃうのかな~なんて思っちゃったよ」


 少し悲しそうに言葉を続ける。ウサギさんもどこか僕や俊也と同じだったのだろう。一人が好きでも嫌いでもない。


 ただ独りでいることが日常だったのが、あの日から非日常へと変わり、そして移り変わろうとしている。


「魔王も勇者も倒して全部終わったら、あの世界に住めばいい」


 ウサギさんはこちらを向いて耳で顔をふさぐ。少し無言が続いた後、耳を戻してこちらを向く。


「カルマさんと一緒に帰りたいです。 だから、お体に気を付けてくださいね、いつも無茶するから心配です」

「うん。ありがとうウサムービット」

 無茶はしてるつもりはないのだが、心配してくれるウサギさんを僕は自然と撫でていた。


 直後、ウサギさんはなにかを察したようにウサ耳を立てて、ぴょんと僕の頭の上に乗った。

 地面や階段上から羽の生えた牛顔の怪物や骸骨兵が湧いてくる。

数十体にもなる軍勢は、こちらに武器や戦う姿勢見せる。


「魔王までの道なりも、一筋縄じゃいかねぇってことか」

「剣の練習もしたかったし、ちょうどいいや。 いくよ!」


 栞のアザを浮かび上がらせ、『ヌース』を呼び覚ます。先行するマーズは牛顔の怪物を真っ二つに切り裂く。続くように駆ける俊也は骸骨兵の正面から切り倒していく。


 僕はマテラスたちのように念じ、内からみなぎる力を開放できるか試みた。


「ジアース!」

 呼応するようにジアースは地面を隆起させ、突き上げられた骸骨兵は宙でばらばらになる。

 もう一度試してみると、次は地面に転がった石の破片が一斉に飛び、骸骨兵たちを体を打ち抜いていく。


「すごい、すごいですよカルマさん! 相手はひるんでます!」

 頭に乗ったウサギさんが一瞬の出来事に興奮している。


 道が開けたところで階段のほうに向かう。先導を僕が行い、俊也は階段を上ったのを見ると後退しながら続けて上った。


「敵はだいぶ減ったね。とにかく先に進もう」

「まだ湧いてくるみたいだけどな」

 そういうと僕らの前に骸骨兵や首のない甲冑騎士がのそのそと現れる。


「もう一回──」

「カルマさん、力は温存しましょう。魔王の前でばてたら大変です! いけ、俊也!」

「俺には戦わせんのかよ!」


 僕の前に飛び出し、俊也は骸骨兵を次々と切り倒しながら、マーズを使い甲冑騎士を吹き飛ばす。


 開けた道を突き進むと長く続いた階段を見つける。くすんだ赤い絨毯が一面に敷かれ、ぼろぼろになりながらもいかにこの城が高貴であったかを伺えるようだった。


「こっちだ」

「どんだけ登らせるんだよ」

「結構倒せたし、骸骨たちは追ってこないみたいだね」


 僕は立ち止まり、後ろを振り返ってみるも階段の下から敵は見えない。やけに静かなのも余計不気味さを感じる。


「何してんだ、行くぞ」

 俊也は僕に気づいて後ろを向く。何か察したようにぶっきらぼうに言葉をかけた。


「ちょっと疲れた」

「ほんとに体力ねぇのな……」

「力も使ったし持った方だよ」

「はぁ……階段上りきったら休憩にするぞ」


 俊也再び歩き出し、階段を上りきると大きな窓が並ぶ広間に出た。光は差し込まずどんより暗い部屋にただ一人、見知った顔が立っている。


 赤髪で大剣を地面に突き刺した男。マテラス・ディアスは仁王立ちしていた。


「マテラス、君たちもいたんだ」

「……」

「あのーマテラスさーん?」

「──っ!」

「てめぇらどけっ!」


 僕らを押しのけて、俊也は突進するマテラスに向かってマーズを飛び込ませる。互いの剣が鍔迫り合いのように動きを止め、金属音がぎりぎりと鳴り始める。


「何のつもりだ。マテラス」

「……許せ」


 マテラスは剣を押しのけ高くジャンプすると後方へと下がった。

この状況に呆気取られていると、マテラスの後ろに見える階段から誰かが足音を立てて降りてくる。


「素晴らしい。仲間愛とは常に人の心を動かすものです。時としてそれは私たちに都合のいい道具となる」


 着飾ったモノクルをつけた男が不敵な笑みをこぼす。この男、確かベルベロッソ王国にいた気がする。なぜこんなところに……。


「お前、城にいたやつじゃねぇか……なんでここに」

「あなた方を止めに来たのです。私たちの計画を台無しにされては困りますからね」

「計画?」


 怪訝そうに尋ね、モノクルの男はマテラスの隣に立ち止まる。

「この国は高い技術と、資源に恵まれた。しかし彼らには戦う意思がなかった。それでは国は護れない、私は衰退するしかないこの国を見るのが辛かった」


 男は再び歩き出してぼろぼろになった銅像を触り始めた。

「そんな私の前に神が現れた。この国を救えるように力を与えてくれた! ……上手くいったと思ったら、あなたたちとこの男女が私の国に来てしまった」


 男が人差し指を立てる。その指先を追うと上空にナイムが十字架のように浮いていた。


「ナイム……!」

「あいつ、人質を取ってマテラスを戦わせようとしてるのか!」

「卑劣ね! 目の丸っこいやつ割ってやるわよ!」

「この二人は魔王調査のために自ら調査隊を志願してきた。何かに使えると思って、少女に呪いをかけていたのが役に立ったな」


 マテラスの肩を叩き、モノクル男の顔がマテラスにぐいと近づく。


「この世界に魔王なんていないのになぁ」


 マテラスの目がかっと開く。僕たちも聞き捨てならないことを耳にした。

僕たちや勇者たちが探していたものは、最初からなかったというのか。


「魔王がいないとはどういうことだ!」

「魔王という存在は勇者をおびき寄せるためのものです。この国はすでに滅び、魔物が人間の姿をしながらあそこで王国ごっこをしているだけです」

「王国ごっこ……あそこにいた人たちって、人間じゃないの!?」

「それよりも、この国ってどういうことだ! この城やここにあったはずの国はお前がやったのか!!」


 ふん、と鼻で笑い、腕を後ろで組みながら首を大きく傾げて僕らのほうを向いた。


「そう。ベルベロッソ王国を生まれ変わらせるのに、人間は必要ないからな」

「くそやろうが……!」

「二人を解放して」

「同士討ちしてくれるほうが都合がいいからねぇ。君も彼女を助けたければこいつらを殺しなさい」


 隣で立つマテラスは剣を固く握りしめ、数歩前に出ると腰を低くして剣を構える。

歯をかみしめながらも、視線は僕たちから離さない。


「マテラスさん! そいつを倒してナイムを助けないと!」

「……大事な仲間を見捨てるほど、弱い人間じゃない。貴様らといえど、向かってくるからには容赦しない」


 僕が剣を構えようとすると、俊也が手を前に出して制止した。

一人マテラスと向き合い、大剣をかざす。柄を握った両手はマテラスよりも固く、その表情は少し笑っていた。


「全く知らない赤の他人で、散々人のことを腫れ物みたいに避けるようなやつらだがよ、あの世界に無くなっていい命なんてねぇんだよ」


 マーズが俊也の背後に現れ、俊也と同じ構えをとる。メラメラと立てる炎に僕とウサギさんは一歩足を引いてしまう。


「俺は頭を踏みつけられても、目の前で人を失う轍は踏まねぇ。どけよ、大馬鹿野郎」

「……ふ、教え甲斐のある青年だ。いくぞ!」


 二人は飛び出して大剣を切りつけあう。跳ね返る金属音。飛び散る火の粉。僕らはその様子を見ることしかできなかった。


「青年。君は戦わないのか?」モノクルの男は僕に語りかけた。

「魔王はいない。いないということを伝える国民もいない。ならば、君は何のためにここにいる?」

「僕は……」


 異世界と関わりをなくして、姉さんの元に帰らなきゃいけない。兄さんの言いつけ通り、僕は姉さんを守るためにここにいる。


 大事な人が殺されたことをきっかけに、生徒たちをこれ以上傷つけさせないと思う俊也とウサムービットのためにここにいる。



 そうだ、僕はいつの間にか、やるべきことが出来ていた。家族のことだけじゃなく、知り合って間もない俊也やウサムービット、マテラス、ナイム、そして学校の生徒もだろう。


 必死に生きようとする彼らを、見捨てることができないのは大事な人になっていたからなんだ。


 ただ訪れる未来に流されて生きていた僕。生まれて初めて芽生えた目的を、達成したいと思うたび胸が熱くなる。


「勇者を止める。この事件を終わらせるんだ」

「ならば私を止めてみなさい」


 モノクルの男の首から下が頭に吸収されると、徐々に空中へと上昇していく。

顔は灰色に変色しながら巨大化し、表と裏に顔があるモンスターになった。


「ジアース!」僕は手を胸に置き、腹の底から声を出した。

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