4-1 最後のテープに希望を
長い廊下でどの教室を見ても生徒たちが正座している。すべて俺がやった。俺を見下してたやつらを、全員屈服させた。
俺を見捨てるやつはどうなっても構わない。全員自業自得だ。
こいつらをもっとどん底まで絶望させてやる。そして……またあの世界に帰るんだ。
全部見まわった気がするが、やつらはどこにもいない。下駄箱にはまだ靴があった。
この学校にいるのは間違いないだろう。となると、もっと高いところから探してみるか。
俊也は慌てながら屋上の扉とドアノブを掴み、上に持ち上げながら動かした途端、鍵が開く音がした。
「よし出るぞ……!」
僕らは外に出ると急いで鍵を閉め、屋上の中央辺りまで歩こうとした。
いや、歩いたのは僕とウサギさんだけで、やはり俊也は扉から距離を少し置くだけで仁王立ちしていた。
「真ん中らへんなら下も見えないよ」
「そ、そうだな。心の目で見れば高いところも涼し……」
「そんなことわざがあるのか……勉強になる」
目を瞑りながら俊也はこちらに歩いてくる。
「でもここからじゃ勇者から逃げれないですよ?」
「カセットテープがある。最悪これで脱出しよう」
僕はカバンからⅢが描かれたカセットテープとテープレコーダーを出す。
「待て、今押そうとするなよ。学校のやつらを救わないと」
「この状況じゃ無理だ。」
「これは俺の責任だ。今ここで俺がやらねぇと意味ねぇんだ!」
「死んだら、誰も護れない」
「──っ!」
目を瞑ったままだったが、俊也は悔しそうに歯を食いしばっていた。
僕らのやり取りを心配そうに見ていたウサギさんが何かに気づいたように声を上げた。
「このマーク、さっきの階で見ました!」
ウサギさんは不思議なマークを指でさした。小さいのでほとんど手なのだが……。
俊也は思わず「どのマークだ!?」と言ったので、すかさずテープを顔の前に近づける。
「この距離なら目を開けても大丈夫でしょ」
「……いや近すぎるんだが、ああ、それくらいなら見える」
ゆっくりテープを引き、俊也の焦点に合わせる。「どこに書いてあった?」という言葉にウサギさんは首をかしげながら続ける。
「なんか、五本の黒い横線と黒丸に縦線がくっついてるのが紙に書いてあって、その紙の端っこにこれと同じマークがあった気がする」
俊也はまた目を閉じて無言で考え始めた。少し経つと「わかったぞ」と言いながら目を開けて、勢いよく手で目を隠した。
「そのマークは音楽記号の『フェルマータ』だ」
「「ふぇるまーた?」」
「音を十分に伸ばすとか、伝わるように響かせるとかって意味があるんだが、このテープの場合別の意味になるかもしれねぇ」
「別の意味って?」
「『曲の終わり』だ。もしあの世界が一つの曲だとして、フェルマータが付いてるそのテープは曲の終わり。つまり最後のテープになるってことだ」
僕らがあの世界に行ける唯一の方法、これが異世界の勇者をどうにかできる最後のチャンスになるのか。
カセットテープをテープレコーダーに差し替える瞬間、屋上の扉が勢いよく吹き飛んだ。
僕らが顔を向けた先、原形がないほどにひしゃげた扉を踏みながら男は立っていた。
「火山ァ!そこにいたのかよ!」
「織田……!」
「探したぜぇ、せっかく君の友達の解体ショウが見れたのに。あーでもそっかぁ、お前も俺と同じで友達いないもんな」
剣を持ちながら両手を広げて、織田はにやりと笑う。
「自分のことだけ考えて、自分かわいさが第一。なにか自分に不幸が来れば責任転嫁。所詮他人のために自分は売れない。……だけどお前は違った。お前だけは歯向かってきた」
俊也は薄目を開けながら、目つきの悪そうな眼光を織田に向ける。
「てめぇが飛鳥を殺したからだ。俺の大事なものを奪ったから……!」
「だが仇を返せなかった。その反抗心を認めてやったから生徒を人質に取って縛り付けてやったのに……」
えーと、と言いながら指折りで数を数えていく。10を超えたあたりで指の動きが止まった。
「仇、いくつ増えたんだっけ?」
「──っ!」
高いところが苦手なはずの俊也が目を血走らさせて殴りに行こうとする。
すかさず後ろから腹部を囲むように掴んだ。
「放せよ!くそ野郎!」
「バカ!こんなところで戦っても勝てるわけないでしょ!」
「ウサムービットの言う通り。俊也落ち着いて」
「これが最後のテープなら、異世界に行って勇者でも魔王でも倒せばいいじゃない!」
「今ここで殴らなきゃ気が収まら……な、なんだ?」
剣を床に落とし、頭を抱えながらこちらを見ている。視線を追うと、思わずしゃべってしまったウサギさんのほうを見ていた。
「セーブウサギ……なん、でここに、いるんだ?」
急に取り乱し始めた織田を前に僕らも戸惑っていた。
「セーブウサギってなに?」
「あたしもよく知らないんですけど、そういえば冒険者たちみんなあたしに話しかけてセーブセーブ言ってましたね」
「は! 魔王退治に行くってのに、のんきにセーブなんてできるよな」
はっと顔を上げ、なにかの糸が切れたように目をぎょろりと見開いた。
「そうだ……ロードすれば、また魔王と戦える。あんな最悪な結末を変えられる……ふふふふ……あはははははははは!! やった!! あんな過去を変えられるんだ!!」
のけぞりながら空に向かって大声を出し、歓喜の笑いが屋上を響かせる。
勢いよく猫背になり、落ちた剣を拾うとゆっくりこちらに近づいてくる。
「そのセーブウサギを……こちらに渡せ!!!!」
「いやいやいや! 絶対嫌ですから! つんつんイタイタ病を背負ってそうな人に殺されるのだけは嫌ですから!」
「いざとなったら、お前らだけでもここから……」
「……」
僕にしがみつくウサギさんと必死に策を講じる俊也に目もくれず、テープレコーダーを眺めていた。
このテープは、勇者”織田九太”が歩んできた世界。その音楽。
そして、この三つ目のテープが終曲。この後に、彼があんな力を得たんだとしたら。
「飛ぼう。異世界に」
この再生はいつもとは違う。興味本位でも、俊也にツッコまれるためでもない。
異世界と勇者に対しての勝機を奏でる合図。
勇者はまばゆい光に思わず顔を腕で隠し、人気がなくなったと気づいたころには光も、僕らの姿も見えなくなっていた。
「どこだ……どこに行ったァァァ!!!」
怒声はもう届かない。僕らの行き先は 織田九太の過去、勇者誕生の瞬間だ。
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