3-4 俺様が絶対
俊也たちと別れ、また家路を進んでいく。家に帰れるだけでも僕は気分がよかった。
今日は思ったより早くこちらの世界に帰って来れた。今頃姉さんも家に帰ってきたところだろう。
夕焼け空が明るく伝っていき、住宅街の屋根を彩っていた。
ふと視線を前に戻すと見たことのある女性が近づいてくる。
「カルマ! おかえり」
「姉さん。いまから買い物?」
「そう! じゃ荷物係よろしく! ほら、おかえりは済んだんだから逃げようとしなーい」
振り返って去ろうとしたところを僕の肩を掴んで制止させた。
「今日は疲れてるんだ。ありもので今日は済まそう」
「土日はちょっと用事があるから今日のうちに買っておきたいのよ。さぁさぁレッツしょぴーんぐ」
背中を押されながら僕は
駅周りで一番大きいデパート「
姉さんは値引きシールが張られた海鮮やお肉を買い物かごに入れ、野菜を穴が開くほど見つめながら選別していた。
人込みの中を眠気まなこで歩き、声高に宣伝する店員やアナウンスを耳にしながら後をついて行く。
「ねぇこれなんてどう? ハーフサイズなのに結構厚みあるよ!」
「……いいと思う」
「ほんとに眠そうね。今日何してたの?」
「いつもの場所で時間つぶしてた」
「また曲きいてたの? 勉強は大丈夫なんでしょーねぇ?」
「勉強を見てくれるツテがある」
姉さんは野菜から僕に視線を向けると、目を丸くしながらじっと見ていた。
「へぇ……カルマがねぇ」
意味はわからなかったが、僕は目をそらして横を向いた。
視線の先には奇妙にも透明ドアの前に立ったままでいる女性が見えた。
腰回りからスカート先まで続くフリルの白いワンピースに、黄色いリボンを首に巻いている。
虚ろな目が恐怖を感じさせるようだが、背丈や見た目からして高校生くらいだろうか。
少しして見慣れない──さっきの女性よりフリルの付いたエプロン姿──メイド服の女性が近づいて扉をゆっくり開ける。
「お嬢様……この扉は自動ではありません」
「そう……」
お嬢様と呼ばれた彼女とメイドは周りの人の注意を惹きながらも、歩いてエスカレーターの先に消えていった。
「都会に近いだけあるなぁ……」
「カルマ~小銭ある?」
気が付いたら姉さんはレジのところでジャンプしながら僕を呼んでいた。
改めてこの世界に帰ってきたことを実感する。でも小銭を渡すとか買い物袋を両手に抱えるために戻ってきたわけじゃないと頭の中で言い聞かせていた。
翌日、
今日は臨時集会とかでみんな集まってて、僕はそれを忘れてて遅刻したとか?いや、いつも通りの時間に起きて、靴を下駄箱に入れ、いつものように教室に向かうだけだ。
僕は黙々と階段を上ったが、誰一人通りすがることもなかった。
教卓とは反対側の教室の後ろ扉を開ける。
一目で今日はいつもと違うことがわかった。それは、両手を上げながら床に正座させられているクラスメイト達が整列しているという妙な光景。
「これ、どうしたの?」
「……」
皆何かに怯えるように真っ青な表情で床をじっと見つめている。
「……いやだ……死にたくない……」
「なんで俺たちがこんな目に合うんだよ……」
死にたくない……どういうことなのだろう。ふとよぎったのは俊也の話。
“あいつが、俺の大事な人を殺したんだ”
意味も分からなく手を上げてて、死ぬことがあるのか?あるとすれば、あの勇者しかいない。
しばらくすると廊下の先から足音が聞こえ、こちらの教室に近寄ってくる。
「カルマ……!これ、どうなってんだよ!」
俊也が扉を勢いのままつかみ、その音に反応するかのように生徒たちは視線を向けた。
「火山……お前のせいで……」
「てめぇが死ねば、よかったのに」
「なんてひどいことを」
俊也が来るなり、まるで親の仇のように冷たくあしらう。俊也は制服の胸元を固く握りながら彼らを見ていた。
「カルマ、このクラスの人数やけに少ないと思わないか?」
「え? 確かにそんな気がする」
クラスメイトの顔を覚えているかと言われれば怪しいが、机の数に対して正座している生徒は半分もいない。
「ほかの生徒はどこにいるんだろう……」
「……あの野郎、まさか」
キーンコーンカーンコーン。異質が蔓延する校舎にチャイムの音が鳴り響く。
教室や廊下のスピーカーからマイクを接続した雑音が流れると、すぐさま聞き覚えのある声が学校中に放送された。
『火山ぁ~俺との約束忘れてねぇよなぁ』
織田九太、異世界で勇者と名乗る生徒。この状況は彼が作ったというのか。
「こいつらに何しやがった……!」
スピーカーに怒りを向ける。しかし声の主は止まらず話し続ける。
『無駄なのに、何度も何度も俺に歯向かいやがってよ~ もうめんどくさいから提案してやったんだぜ?』
「……やめろ」
俊也の想いをよそに、織田九太はある昔の男を踏みにじる言葉を綴る。
『お前がずっと俺の言うことを聞いていれば、誰にも手を出さねぇってな』
「──っ!」
俊也が織田の言いなりになっていたのは、ほかの生徒を傷つけないためだったのか。
それでも、ここにいる生徒はみんな俊也を憎んでいる。
誰も、僕でさえ、彼が抱えていた苦悩を知らなかったのに。この教室一人ひとりが、「自分の事」だけを考えている。
「も、もう……限界……」
「だめよ!!手を下げちゃ……」
「もうこんな目に合わないなら……さっさと死にたいよ……」
一人の女生徒が上げていた手をゆっくりと下す。
強い風が走ったように、カーテンは大きく舞い上がり、窓ガラスがぱりんと耳奥をつんざいた。
女生徒だったものは丸い頭だけ床に転がらせ、体とともにちぎった紙のように消え去った。
「……い、いやぁぁぁぁぁl!!!!」
「かおりぃぃいいいいい!!!!」
彼女の友達と思しき女生徒が泣きながら叫ぶ。
その現状を涙いっぱいに正座し続ける生徒たちを僕らは見ることしかできなかった。
「……織田ァァァァ!!!!」
怒声が学校中に轟く。人の想いもすべて踏みにじる織田九太に、僕も今までにないほどの怒りを覚えていた。
『火山ぁ、お前の声聞こえたぜ~ いまからてめぇも、この学校の連中も全員消していくからな』
ぶつ、とスピーカーの音が切れると同時に俊也は教室を後にしようとする。
「どこに行くの、俊也」
「あいつをぶっ飛ばしに決まってんだろ!」
「この世界じゃあいつに勝てない」
「っ……そんなことわかってんだよ」
俊也をここで止めないと、きっと織田九太を倒しに行ってしまう。
狙われているのはこの学校の生徒と俊也、遠隔で人の首を切り落とす力を持ってる相手と戦うのは無謀だ。
「俺の勝手な行動で、みんなを巻き添えにしちまって……せっかくあの力が手に入ったのに、俺はなにもできねぇのかよ……」
「俊也……」
あの世界で力を使って彼を止めることが出来ればいいが、3つ目のカセットテープで次はどこに出るかもわからない。
僕らが異世界に行っている間、生徒たちを残していくのも俊也としては心苦しいものだろう。
階段の上からぴょんぴょんという音が聞こえ、顔を上げると見慣れた生き物が飛んでくる。
「俊也、カルマさん! 上の階もみんな正座してて……」
「ウサムービット、来てたのか」
「うん。最初は屋上に隠れてたんだけど、あとから俊也に上の階の様子を見てくれって言われて……」
「ああ、俺たちのクラス以外も全員あんな状態だった」
「どうにかして全員を助ける方法を探さないと……」
直後、下の階から足音が不気味に響き渡る。織田九太は俊也を探すために階段を上りに来ているに違いない。今ここで出くわすのは危険すぎる。
「屋上に逃げよう。あそこなら僕らしか入れる方法を知らない」
「そ、そうだな……」
僕らは音を立てないように上履きを脱ぎ、小走りで階段を駆け上がった。
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