3-3 あたしの居場所
塔の中で一人隠れていた。繰り広げられる攻防の壮絶な爆音に、震えながら彼らの様子を見ていた。
「カルマさん……あたし、あなたの力になれないのかな……?」
ただ物陰から見ることしかできないあたしは、この世界に来た時の孤独さを思い出していた。
記憶は定かじゃないけど、いろんな世界を転々としながら出会いと別れを繰り返してきた。
どんな時も独りで、みんなあたしの前からいなくなってしまう。
彼らと出会って間もないけど、こんなにも話すようになった。
目の前でその人が勇者に殺されそうになった時、初めて独りを否定する自分に気づいた。
(もう、あんな思いしたくないのに……)
彼らには不思議な力があり、骸骨のドラゴンとも渡り合っている。彼らの何倍も体長がある怪物が襲い掛かっているのに、怖気づかず必死に歯向かっている。
人間はなんて心の強い生き物なのだろう。あたしは、この小さな手では誰も守れない。
骸骨龍の討伐と同時に、再び山の中が静まり返る。マテラスは大剣を背中の鞘に戻し、骸骨龍の腹部を調べ始めた。
僕は塔に戻りウサギさんの様子を見に走った。
「ウサムービット、大丈夫だった?」
「え、うん。大丈夫です……」
歯切れの悪い反応をしながらウサギさんはうつむいた。
しゃがんで「どうしたの」と顔を伺うと、手をいじりながらそっぽを向いてしまった。
「結局金板は見当たらなかったな……」
「うーん。確かに見たんだけどなぁ」
俊也は当たりを見回すがそれらしきものを見つけられず、ナイムも腕組しながら悩ませていた。
「見間違いじゃないようだがな」
マテラスの言葉に続いて二人は彼に顔を向ける。小走りで駆け寄ると腹部の隙間に手を伸ばしてなにかを掴んでいた。
手の引き戻して広げるとその上には俊也の見覚えのある金板があった。
「あー! これだよ私が見たやつ!」
「間違いねぇ、カルマが持ってたのと一緒だ」
「ならば、直接彼に聞いてみるのがいいだろう」
マテラスが金板を手渡すと、俊也は不思議そうにじっと見つめていた。
「なにか変だったか」
「あ、いや別に……」
塔のほうに歩いて戻りつつ、ナイムは後ろを振り返った。
「あのドラゴン、なんで動いたんだろう。その金板のせいなのかな?」
「わからない……勇者が動くように仕向けていたのかもしれねえな」
金板を握りしめて眉をひそめる。ほどなくして三人は僕とウサギさんのもとに戻ってきた。
「カルマ、金板見つけたぞ」
「……あれ?」
「お前も気づいたみたいだな」
僕らは金板に違和感を感じていた。ナイムもウサギさんも何が起きているかわからない様子だったが、マテラスは状況を察してぽつりと声を発した。
「……貴様らは金板を手に入れた瞬間、元の世界に戻るんじゃなかったのか?」
「うん。そのはずなんだけど……」
「俺が持ってても反応しないみたいだな」
ウサギさんが僕の背中に飛び乗って、ぽん、と頭に手を置いた。
「前にワープしたときはカルマさんが触ってましたよね」
「確かに……」
「いやいやちょっと待て、勝手に触ろうとするな。塔から見えたものとか、いろいろあんたらに聞きたいことあるんだよ!」
手を伸ばしたところをさっと避けられ、金板を持った手を高くあげられた。俊也は僕よりタッパがあるので僕が背伸びしても届かない。
マテラスは俊也に勇者の魔王退治についてと、塔から見た現状による推測を並べ立てて説明した。
「あの国自体が怪しい……確かに勇者を侮辱するだけで牢屋に閉じ込めるようなやつだしな」
口元に手をかぶせながら思考を張り巡らせているようだ。ところで、と僕が口火を切った。
「マテラスが言っていた『ヌース』ってなに?」
「『ヌース』は精神や魂から生み出される、生物に秘められた力。俺たちの『
「そそ! 文明ができる前からある目に見えない力なんだよね~」
「あんたらの国でも俺らみたいに力を使えるやつがいるのか?」
マテラスは、いや、と首を振りながら俊也に答える。
「不可視の力は宗教的なものとして言及され、言葉としては存在するが研究はされていない。初めて見た不思議な力を『ヌース』と形容させてもらったまでだ」
「そうか……まだこの力の使い方がいまいちわかってねぇからな。なにか手掛かりがつかめたらと思ったが……」
「使うと結構疲れるんだよね……」
「カルマっちは体力ないんだね。運動なら私が教えるよ!」
ナイムは細い腕を曲げて、白い肌に隆起する小さな力こぶを見せた。
同じように力こぶを出そうと思ったが、僕の腕が彼女と変わらない細さであることに気づき、何食わぬ顔でそのまま腕を下げた。
「俺たちはこのまま魔王城の調査をする。貴様らはどうするんだ?」
「新しいテープを取りに行きたいけど……」
「……わかったよ。ほら」
渋々だが俊也は金板を差し出した。僕はゆっくりと金板に手を伸ばす。
「あれ、このままだとマテラスさんたちも巻き込まれるんじゃない!?」
「え!?」
ウサギさんが気づいて声をかけるも、すでに金板に触れてしまっていた。
ナイムが目を丸くして驚くも、辺りは光に包まれて視界は真っ白になっていく。
薄暗い天気で静まった塔のふもとは、徐々に光が収束し二人の人間を露わにした。
「あ、あれ? みんなは?」
「本当に元の世界に行ってしまったのか……」
彼らを残し、僕らは現実へと戻っていった。
視界が落ち着くと、また見慣れた森の中へと帰ってきていた。後ろを振り返ってみるとコロポンが不気味にたたずんでいる。
「帰ってきた……」
「マテラスたちさんは!?」
「見当たらないね……彼らは来ることが出来ないのか」
ウサギさんが慌てて森の中を駆け回りながら見回すも、彼らが来た気配は感じられなかった。
「なんでウサ公は来れたんだ?」
「うーん、わからない……」
「あ? 今のはカルマに聞いてんだよ」
「え、ごめん……」
再びうつむくウサギさんを見ながら俊也は、はぁ、とため息をついた。
「今日の探索はここまでだな。とりあえず新しいテープが出るか見ておくか?」
「そうだね。またこれを入れれば出てくるかも」
コロポンの傍でしゃがみ、金板をコロポンに入れてダイヤルを回すと、ゴロゴロと音を立てながらカセットテープが出てくる。
手に取って表面を見てみると「Ⅲ」と黒丸の上に上向きの弧が付いているマークが描かれている。
俊也も横から覗いてカセットテープの様子を見ていたので、マークのことを訊いてみる。
「どっかで見たことのあるマークだな……だがローマ数字の「Ⅲ」ってことは、またあの世界にいけるに違いない」
「そうだね。とにかく今日は体を休めようか」
俊也も頷き、カバンを手に取って帰宅しようとする。帰路に向かおうとしたがウサギさんはその場で動かず、耳を下に垂らしている。
「ウサ公、行くぞ」
「え……」
「こんなところじゃまた狼に食われるぞ」
「ここ狼なんてでないよ?」
「っ! ……はぁ、冗談だよ」
僕らのやり取りを見たからなのか、ウサギさんの耳がぴょんと伸びた。
「……あははは! あたしがいないと怖くて寝れないもんね!」
「あ? こんなところで死なれたら二度とここに来れなくなるだろうが」
「冗談だって~」
ウサギさんは俊也の肩の上に乗り、僕らは初めて誰かと話しながら家路へと向かうこととなった。
教室には下校時間まで駄弁る生徒がちらほらいた。
黒板のチョークを取ってテストの解き方を話し合ったり、こっそり持ち寄ったファッション雑誌を見て休日の遊ぶ予定を計画したり、寝ていた授業のノートを写しながら各々過ごしていた。
教卓に置いてあったノートを先生に提出しようと、学級委員は教室のドアに手をかけた。
話し声が止み、視線が一斉にそちらに向くほど大きな音が木霊した。
学級委員の前にはつんつんにとがった眼鏡の少年が立っており、彼が勢いよくドアを開けたようだった。
彼の後ろに付いてきた男たちは腕を後ろに組みながら、黙ってその場に立ち尽くしていた。
「……火山俊也はどこだ」
学級委員は青ざめた顔で首を横に振る。眼前に向けられた剣に怯え、一歩ずつ後ずさりしていく。
「お、織田、さん。あいつは今日休みみたいですよ……」
付き添いの男子生徒が震えた声色で告げた。織田九太は首をのけぞらせながら発した生徒を見上げた。
「いねぇからムカついてんだろうが……わかんないかなぁ──」
右手に握られた剣は、背後への振り向きざまに振られ、一人の男子生徒の首を落とした。
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