3-2 山の向こうに見えるもの
ナモナキ村が小さく見える。相変わらず天気は曇り、山中の森の暗さがより増しているように思えた。
「カルマさん。重くないですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「急勾配になる。足元気をつけろ」
頭の上で心配してくれるウサギさん、先導しながら僕らに気を使ってくれるマテラス。
こうも人は誰かを気遣うものなのか。
もしかして、僕が俊也に協力するのはただ手伝いたいからということでもなく、俊也への気遣いからだったんだろうか。
なぜあの時見捨てられないなんて思ったのだろう。
一時間近く歩いたところ、ようやく坂も平坦になり、異臭が漂うようになってきた。
「すげぇ臭いだな……」
「あたし、もう無理かも」
僕らは制服の袖で口元を覆い歩いていく。そして通りすがりに異臭の強いところに出くわした。
「これが異臭の元。というかこの辺に合った気がするけどもっと先かな?」
「ドラゴン……?」
「骨と肉塊しか残ってねぇじゃねぇか」
「ぐぇぇ……早く、行きましょう……」
マテラスがその場で考え込んでいる。「行くわよー」とナイムの呼びかけに反応し、後を追って歩き始める。
道の先は崖の上に半壊した塔が立ち、ほかのルートは森で整備されておらず行き止まりであった。
「臭いもだいぶなくなったね~」
「息できなかった……それにしてもようやく塔を見つけましたね!」
「そうだね。俊也行けそう?」
俊也は僕と目を合わせてくれなかった。むしろ背中を向けながら、
「俺を置いて先に行け」と口走っていた。
「……なんだか不気味な塔だな」
壁面には不規則な波紋が描かれ、赤と黒、そして緑という配色は、見ていて気持ちのいいものではなかった。
扉はついておらず、中を覗くと天井のない吹き抜けに、二階までしか続かない階段があった。
「仕方ない。ナイムとシュンヤは外で待機していてくれ」
「了解! よろしくシュンシュン!」
「変な呼び方やめろ!」
俊也たちを置いて、僕ら二人と一匹は塔へと昇った。内壁も外と同じく、延々と気味の悪い色が続いている。
そして屋上に着くと、僕らはこの世界でおそらく一番高いところから国を一望することが出来た。
「勇者はベルベロッソ王国より魔王退治を頼まれた。そしてその魔王城は皮肉にも、勇者が最初に現れた村のすぐ近くにあるとはな」
山に囲まれた黒い城。艶とか清廉さの欠片もなく、何かに憑りつかれたような出で立ち。
魔王城の先も道は広がっており、薄っすらと町も見えるが王国で見た活気というか明るさなどは感じることができなかった。
「勇者はなぜすぐに魔王を倒しに行かなかったんだろう」
「一国の王が場所を知らないわけがない。陰謀か、魔王を倒すよりも大事なことがあったのか……」
「何よそれ……王国が魔王退治を頼んでたのに邪魔してたってこと⁉」
「なんにせよ、あの国の疑惑がより強くなったのは間違いない」
僕らは魔王城を目の前にして、最悪な事実に気が付いたのかもしれない。
それに追い打ちをかけるかのように、一階からナイムが叫ぶ。
「みんな早く降りてきて!!」
声に気が付くと足早に階段を下りていく。塔を出るとナイムも俊也も戦闘態勢で武器を構えている。
「どうしたの!?」
「骨折りでここまで登ってきたのに、骨がそのまま登ってきたぜ……」
俊也の視線の先に異臭が近寄ってくる。ウサムービットも両手で鼻を抑えて辛そうだ。
「ウサムービット、塔の中に入ってて」
「え、でも……」
「危ねぇから下がってろ!」
「う、うん……」
ぴょんぴょんと小走りで塔の中に隠れていった。
二階建ての家一つ分くらいの巨体がのそのそと歩いてくる。
なにを原動力として動いているのかもわからない。ただ固い爪と長い尾は骸骨となっても顕在だ。食らえばひとたまりもない。
「奴の動きを止める、貴様らの『ヌース』で本体を狙え!」
「了解! 突っ走れ、マーズ!」
俊也の腕に青いアザが現れ、背後には時計を模した生物『マーズ』が現れる。
「……ジアース!」
僕の額から目にかけて熱く燃え上がるような気がした。そして背後には黒い仮面の生物『ジアース』が出現し、そのクリーム色の剣を軽やかに振り回した。
骸骨龍は咆哮を轟かせる。山中に響き渡り、びりびりと地面が揺れる。
城で兵士たちと戦ったときよりも汗が伝っていく気がした。
「
マテラスが骸骨龍の正面に炎の柱を立てる。次々と現れる柱は、骸骨龍の足を目掛けて突き進んだ。
「これでも、くらいやがれ!」
俊也が大剣を振るうと、マーズは大剣を投げ飛ばし骸骨龍の頭に命中させた。
マーズは時計の針で結ばれたチェーンのようなものを引っ張り、それに続いて大剣がマーズの手元に戻っていく。
ひるみながらも咆哮を上げて前進し、尾についている小骨──僕の脚ほどにもなる長さ──を飛ばしてくる。
「切り裂く……!」
僕は剣で正面をガードしながら突進する。骨飛ばしの攻撃が止んだ瞬間をねらい、ジアースの剣で頭部を連続切りする。
体重が支えられなくなった骸骨龍が、大きな音を立てて態勢を崩す。
「とどめは任せて!
拳を構え、骸骨龍に叩きこもうとしたナイムが骸骨龍の目の前で座り込んでしまう。
バッテリーが切れたロボットのようにその場を離れようにも動けない。
「ナイム!」
マテラスがナイムの元へ駆け寄ると同時に、骸骨龍も体を起こしてナイムに巨体を向ける。
「くそ……! ドラゴン、こっちだ」
俊也が側部に回りながら右前足を切りつける。
僕も続けて骸骨龍の眼前に立ち、振り下ろされる左前足をジアースが剣ではじきながらマテラスたちへの注意をこちらに向けさせた。
「なんか、力が入らない……」
「おとなしくしていろ。サポート術式で後方支援を頼む」
「うん、やってみる」
二人とも立ち上がって、ナイムは目を閉じながらぼそぼそと呟き、マテラスは剣先を天に向けながら構えた。
「創生の天よ、智の秘奥たる心技をここに顕し、鋼をも身にせしめんとする。強固の壁となりて、超越した肉体へと達せよ」
彼女の周りに黄色く不思議な紋様が広がっていく。見開いたと同時に声高に叫び始めた。
「
ナイムの言葉とともに光はマテラスの周りに集まり、数体分裂した途端、金色の小さな四角が姿を現した。
マテラスは自分の剣に炎を溜め、ごうごうと燃え上がらせる。
「
「俊也、後退しよう」と声をかけると、俊也も無言で頷き骸骨龍から離れた。
「
数秒でも視界にいれると目が焼けそうなくらい炎の波動が、攻撃を仕掛けようとした尾に命中し溶け落ちていく。
まるで痛みを嘆くかのように叫ぶ骸骨龍に対し、僕と俊也が頭部目掛けて一閃する。
「これで、静かになる」
ジアースとマーズは首元を切り落とし、骸骨龍の頭は重い地響きを立てながら崩れ落ちた。
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