3-1 ぼくらは目指して

 最後の街。 ボクは覚束ない心持ちで目を開ける。見張りをしなきゃいけなかったのに、いつの間にか眠っていたようだ。

窓から差し込む月夜は彼女の寝顔を照らしていた。


「……もうすぐだ」

 メーネ、ナモナキ村でボクを助けてくれた少女。長い間遠いところまで旅をしてきてくれた。魔王を倒せば、あの国の平和も、彼女の呪いも全部終わるんだ。


 この世界に来たあの日、神様は言った。試練を乗り越えて世界を救え、と。

ボクに課せられた試練はもうすぐ終わるんだ。


 コンコンと小さくノックが聞こえる。

「勇者様……交代の時間です」

静かに扉が開き、月明かりで入ってきた彼女を認識する。


「アルクか……」

「起きていらっしゃったのですか?」

「少し寝てたよ」

「お体に毒です。お休みなさってください」

「……うん、そうする」


 腰を上げて彼女と入れ違うように立ち去ろうとする。

「勇者様……この戦いが終わったら、どうなさるおつもりですか?」


 顔を向けず、彼女は問いかける。神様の試練が終わればこの世界での役目も終わる。


 ボクの行く先は地獄みたいな世界だ。でも昔のボクとは違う。きっと、あんな世界でもやっていける気がするんだ。


「……みんなと一緒にいるよ」

「そう、ですか」


 安堵の声色。扉はゆっくりと閉まり、自室へと歩みを進める。


 なぜ、あんな嘘をついたんだろう。それとも、あれは嘘なのだろうか。

 魔王を倒したとき、ボクはどっちを選ぶんだろう。


「あの日突っかかってきた人なら……どうするだろう」

 王都に戻ってきた時、見知った制服の男が目の前に現れた。

 初めて会った顔だが金髪の方は噂で聞いた男に似ている気がする。


「いつか……火山俊也みたいな孤独でも強い人間になるんだ」


 ボクは窓の外に浮かぶ月に願うことしかできなかった。






 僕たちは現実世界から再び異世界に辿り着いた。そして小さな廃れた村で出会った赤髪の男と対峙し、俊也は僕と同じような力を覚醒させる。


「不思議な力だな。太刀筋が素人なのに急激な加速ときたものだ。俺の剣も今頃怒ってるだろうよ」


 すくと立ち上がり、地面に突き刺さった大剣を抜きに行く。

「あんた、この世界の人間じゃないんだよな? どこから来たんだ」

「ああ、そうだな。まずは──」

「!」


 男は剣を鞘に戻すと、再び僕たちの前に戻り膝をつきながら頭を下げた。

「スラース王国騎士教官、マテラス・ディアス。此度の無礼を許していただきたい」

「スラース……王国?」

「この世界にはない国の名だ。そして、君らは件の国賊かな?」

「それは誤解だ! あの勇者や王様が俺たちを殺そうと……」

「無論、それは承知だ。ベルベロッソとかいう国はどうもきな臭い気がしていてな」


 この人、マテラスは突然謝ってきたかと思えば僕たちの意見に同調している。

怪しい、というか姉さんと先生以外の年上と話したことがないから、何話していいのかわからない。


「ふーん……あたしにはあなたのほうがきな臭いけどね!」

 ウサムービットが煽って見せる。そうか、そうやって懐に入る方がいいのか。


「……」

「いや、なんで無言で腕組んでんだよ……」

 俊也にツッコまれてしまった。案外つかみにしてはいいボディランゲージかと思ったのに。


「ひと月前、あのベルベロッソ王国で起こった脱走事件。ウサギを連れた奇妙な恰好の少年たちが指名手配された」

「ひと月前……? 俺たちは昨日捕まってそれから逃げて……」

「この世界と君たちの世界では時間の誤差があるのか?」


 時間の誤差……僕たちが初めて転移したときから帰ってくるまでの間、さほど時間は経っていなかった。

 今回の転移で時間を大きく移動するくらい変わったことといえば、カセットテープだ。


「僕らはこのカセットテープで──」


 ポケットから出した瞬間後ろからどたどたと走ってくる人に体当たりされた。僕はここに来てから吹っ飛ばされてばかりな気がする。


「いたーーーー!! マテラスどこ行ってんの!!」

「ナイム。お前こそどこほっつき歩いてるかと思えば……」

「山目指そうって言ったのマテラスでしょうがい! ってマテラス、そっち?」


 僕をマテラスと勘違いして突っ込んできたようだ。ピンク髪のサイドテールを左後頭部から垂らし、動きやすさを重視した手甲と短パン。


腰から肩回りにかけた大きなベルトは彼女の気の強さを象徴しているようだった。


「紹介が遅れた。こいつが異空間調査に同行させた仲間、ナイムだ」

「よろしく、よろしく~」

「ウサ公に似てるな」

「どこがよ! 起きてカルマ様~」


 ウサムービットだけが心配している。ありがとうと頭を撫でながら話を続ける。


「俊也、あとマテラスたちにも見てもらいたいものがある」

「……俺たちも、貴様らの事情を訊きたいところだったしな」


 僕はカセットテープのこと、勇者のことを包み隠さず話した。

俊也に止められたりもしたが、目的が一致していることと、僕たちと戦った真意を探れるというところで彼は承諾してくれた。


 話している間もマテラスとナイムは黙って説明を聞いてくれた。さすが自称教官だな……。


「事情は把握した。まず気になる点は異世界の移動方法、そして勇者の存在というところか」

「にしてもマテラスが剣を弾き飛ばされるなんてね~。アビリちゃんもエレスくんも笑うよきっと」

「剣だけ打ち上げるように狙われたのは初めてだ。ヒヤマシュンヤという男は、腕の立つ剣士になるだろう」


 俊也が眉をひそめながらそっぽを向く。図星で恥ずかしいのか、ゆっくりと耳が赤くなっていった。


「二人はどうやってここに?」

「……話を戻そう。俺たちは自国の領土に現れた異常な空間のゆがみを調査していた」

「入ったっきり帰れなくなっちゃったんだけど、そんなときにあの国で事件が起こったわけ」


 彼らの話のあとはこうだ。僕たちがパレードを荒らし、脱獄したうえ勇者と王様を傷つけた大罪人と大規模な捜索が発令された。


 異世界から来たマテラスたちはこれに乗じて無所属の傭兵として名乗り出た。

しかし、ベルベロッソ王国での勇者贔屓や、心酔している様子を不審に思い、実際のパレードでの状況や勇者の出生について調査していたのだ。


「国民も勇者を奉ってはいるが、シュンヤたちの発言を記憶しているものがいてな。それで勇者の存在に違和感を覚え、原点に訪れたんだ」

「原点?」

「この場所こそが、勇者が現れたと言われている村だ」


 そうか、カバンに入れたあのB5ノートはやはり勇者のものだったのか。この村から旅立つときに忘れてしまったのだろう。


「そして、カルマたちの異世界への移動は……謎の機械『タイムテープ』だったか。それを起動すると特定の場所に着くと」

「ああ、戻るときは同じ場所なんだが……しかも今回は一か月先の未来に来たってのか」

「そういえばカルマさん、ここに来る前にカセットテープをじっくり見てましたよね?」

「うん。数字が書いてあるなって」

「数字? 見せてみろ」


 俊也に今回のカセットテープが入ったテープレコーダーと、前のカセットテープを渡した。


「ローマ数字か。今回はⅡなんだな」

「カセットテープのその数字が増えると時間も進むんですかね?」

「ウサムービットちゃん賢い! それに一票!」

 ナイムとウサギさんはハイタッチして喜んでいる。


「もしそうだとして、その瞬間に転移する必要があるというのが疑問だ」

「しかも戻る方法もわかってねぇ……あの時、どうやって帰れたのか」


 僕がジアースを使って勇者や甲冑剣士を追い払った。しかし、力を使い果たしてその場に倒れこんでしまった。そして再び攻めてくる兵士たちを横目に、何か手に取ろうした……。


「金板……」

「さっきコロポンに入れたやつか?」

「勇者が落としたのを拾ったんだ。そのあと光に包まれて……」


 マテラスは右手を口元に寄せ、腕を立てながら考え始める。転移の理由、戻る方法、そして勇者の目的。異世界の謎に近づいているが、なにか物足りなさを感じている。


「とにかく、カルマたちが戻るにはその金板、つまり『キップ』を手に入れる必要があると」


 どうでもいいけど、マテラスがたまに固有名称をつけたがるのはなんだろう。大人でも中二病になりたいのか、それとも治らないのか。


 そんな考えを途切れさせるように、ウサギさんを頭に乗せたナイムが手を挙げた。


「金板ならあの山にあったよ?」

「本当か!?」

「俺を探すのに山まで行ったのか」

「見当たらなかったんだも~ん」

「はぁ……で、どこにあった」

「う~ん、中腹辺りで臭いのきつい場所」


 よし、と言い切ると僕らのほうを向いてマテラスは眉をひそめた。


「俺たちはこのまま、『キップ』探しにあの山を登る。貴様たちはどうする」

 ウサムービットもナイムの頭から降り僕の肩に飛び乗る。俊也もこちらを見て深く頷いた。


「行きます。それがないと帰れませんし」

「……わかった。ナイム、案内を頼む」

「オッケー!」と楽しそうに片足上げながらグーサインを見せた。

 僕らはまた不思議な縁によって、旅を共にするのだった。

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