2-4 炎纏う大剣
光が徐々に消え、視界は空に続く曇天を捉えることができた。以前着いた場所とは違い、草木は枯れ、石造りの家は廃墟となっていた。
「嫌な空気だね……」
「というかなんでいつも勝手に押すんだよ!」
両肩を強い力で掴まれ、なんとも寂しいこの場所は俊也の怒声で賑やかに聞こえた。
「あの異世界に行ける気がして……」
「勘でやろうとするな!」
でも、とウサムービットは僕の足元に寄ってきた。
「この場所、ベルベロッソ王国から離れた村だったと思う」
「ウサ公、この場所のこと知ってんのか?」
「ナモナキ村……だったかな。こんな荒れて、いや廃れてなかった気がするけど」
ウサギさんの言う通り、草木は自然と枯れた様子がなく、家は老朽化で壊れたというよりかは、なにかにぶつかって壊れたように石が飛び散っている。
「誰かに村を襲われたとか」
「もしかして、ウサ公の言っていた魔王ってやつの仕業か?」
「えぇ~なら早くここから出ようよ~」
「じゃあほかの町を探そう。情報が手に入るかも」
「そうですね! 高台とか登れば町がこの辺にあるかわかるかもですし!」
「た、高台なんてあるわけねぇだろ!」
「怖いんだもんね俊也は」
「お前まで呼び捨てにすんな!」
僕らは村を歩きながら高台や丘を探した。もし住民がまだいるのなら話を聞けるかもしれない。しかしその希望さえも徐々に見えなくなっていった。
涸れ果てた井戸、畑だったであろう抉れた地面。偶然にも一件だけ確認できた家さえも、窓ガラスや屋根はなくなり半壊状態であった。
恐る恐るその家に入ってみると、一つのベッドだけが形を成していて、それ以外の家具はなんとかパーツで判別できるくらいだった。
「せっかく見つけたのにこれって……」
「気味が悪いな。なにも抵抗できずやられたみてぇな……」
もし何かから襲われたとして──考えたくもないが──死体は一つもないというのも奇妙ではある。襲われたわけじゃないとしても、この現状を誰が生み出して、住民はどこに消えたのか。
いけない、普段頭を使わないからこんがらがってきた。深呼吸して気持ちを落ち着かせる。すると目の前をウサギさんが通り、ベッドの下を潜っていく。
「ウサムービット、どうしたの? 危ないよ?」
「なんかひらひらするものが見えた気がして……あ、これです」
ベッドの下からこそこそと出てくる。右手にはこの世界とは不釣り合いのB5ノートが出てきた。
「ノート……俊也、これって」
「名前は書いてないけど、俺たちの世界のやつだ」
「ノートってなんですか?」
「なにかを書き留めたり、伝えたりできる紙の束だよ」
ページをめくると、日付とその日の出来事を鉛筆で書き連ねてあった。
毎日生きるのがつらい。いつも一人。今日もお金を奪われた。
また頭から水をかけられた。 僕がなにをしたって言うんだ。
こんな世界、消えてしまえばいいのに。
苦痛を毎日のように綴っている。彼の小さな叫びが目の前にあった。
「……」
俊也は横で黙って読み続けた。そしてある日を境に白紙のページが続いた。
「これを書いた後、なんらかのきっかけでこっちに来たのかな」
「……知るか」
冷たく僕の言葉をあしらった。
勇者、織田九太は僕たちがいた世界でいじめにあっていたのだろうか。
一人その痛みに耐え、そして助けてくれなかった僕らに復讐をしているんだろうか。
でも、それでなにが満たされるのだろう。復讐で未来は変わるわけがないのに。
「あいつの過去に何があったかはどうでもいい。そんな自分勝手な理由で人を殺していいことにはならねぇんだよ」
後ろを向いたまま、固く拳を握った。拾ったノートはカバンにしまい、俊也の肩を叩いて「行こう」と告げた。
小さく頷いた彼もいっしょに廃れた家から離れた。
「待て、誰かいるぞ」
外に出た瞬間、俊也が声を上げた。誰もいない廃墟と化した村の中に、一人赤髪の男が立ち尽くしている。
前髪は右後頭部側に持ち上げられ、かんざしのような留め具をつけている。白い詰襟の服のボタンを閉めずに纏い、背負った大剣は僕らの身長ぐらいあった。
向こうはこちらに気づくとゆっくり剣を抜き始める。刹那、大剣を構えてからの突進に僕らは横跳びで回避した。
「ええええ!! なにこのひと~!」
「く、あぶねぇ……」
間一髪当たらなかったが、真後ろにあった家は木端微塵に崩れ去った。
この力、勇者の仲間?それともこの村を襲った敵?
崩壊した家から粉塵が舞う。曇天の雲間から漏れる光に照らされ、ぼんやりと影が起き上がる。
「お前たちは、魔王の手先か?」
赤髪男は自身の大剣を一振りし、周りの粉塵を吹き飛ばした。
「違う。僕たちは──」
とっさに僕は武器を掴んでいた。その様子を赤髪男は見逃すはずがない。ほう、と柄を握った左手を固く握りなおした。
「得物を持っているということは、戦う意思があるということだ」
「──! ジアー……!」
言い切る直前、男は僕の目の前まで詰め寄っていた。右側から迫る大剣の腹は、僕が剣を構える余裕すらないまま直撃し、地面を滑るように飛ばされた。
「カルマ!!」
「カルマさん!!」
ウサムービットはぴょんと跳ね飛びながら僕のもとへと駆け付ける。
「カルマさん、しっかりして! えっと、傷薬とか、持ってないし、お医者さんとか、とにかく、冷やすものとか、えと、えと……」
「ウサ公! とにかくそいつ連れて離れてろ!」
「う、うん! わかった」
背中を向けた彼は、大剣を背負いながらハンマーを男に向けた。俊也、危険だ。どうにかして逃げないと。
「ふざけるなよ、くそ野郎。俺たちが魔王の手先だ? 急に襲って来やがって、てめぇのほうが悪者じゃねぇかよ」
「……奇妙な恰好をし武器を持ちながら、この村にいたとされる少年。俺はそいつと……迷惑な相棒を探している」
「じゃあなおさら俺たちじゃねぇな。俺たちは初めてここに来たんだからよ」
「では、この村が廃墟と化した現状、武器を持ち歩く貴様らを危険因子でなく何と呼ぶ」
姿勢を低くし、差し出した右手に覆いかぶさるように大剣を乗せる。
「命までは取らん。先もそいつに刃は振っていない。だが──」
あっという間に間合いを詰められる。得物のみ狙うように振り上げ、ハンマーは空を回転しながら飛び上がる。
はじかれた勢いで手がしびれるように痛む。きっと俊也はそう思いながら手を眺めているのだろうか。
背負っていた大剣を引っ張り出す。さっと後ろにステップし、刃先を男に向ける。
「貴様も大剣を使うか。 そうしていると貴様くらいの齢を思い出す」
大剣を背中の鞘に戻し、男は目を閉じる。僕らがあっけ取られていると、みるみる周りの空気が赤く染まり、手は青い炎を燃え上がらせていた。
「な、なんだよ。それ……」
「
腕を構え、その目を俊也から離さない。
「得物を持つ、武器を取るということは、弱さを守るために戦うということだ。自尊心でも家族でも経歴でもそうだ。すべての弱さを守るために、戦える道具を所有する。だが、使い方を誤れば人を傷つける凶器になる」
俊也の持つ手が震える。緊張は極致に達し、滴る汗もこの熱気で蒸発しそうな勢いだ。
「お前がこの村を襲った魔王の手先でないというのなら、なぜ武器を取る? その震える手を許すためか? 後ろの仲間を守るためか?」
息ができないのは、静寂のせいなのか、燃え上がる空気に喉がやられたからか。
悔しそうに笑みを浮かべる俊也は、どんな世界を見ているのだろうか。
「……弱さを守る? 仲間を守る? そんな理由でここに来てんじゃねぇんだよ」
震えた手はもう一度固く柄を握りしめた。雑巾の水分をすべて絞り切るかのように、負けそうになってまで最後まで綱引きの綱を引っ張るように。
「くそ勇者の横暴も、後ろのやつの勝手な行動も、俺の今までの無駄な人生も、全部全部ムカついてんだよ」
視線はもう落ちない。どれだけ熱気が舞おうとも、粉塵が目に入ろうとも、赤髪男の睨む視線と相対する。
「俺は──自分の過去とケリつけるために、生き抜いてやるんだああああ!」
大剣を手前に引き寄せ、男めがけて直進する。炎の拳は突き出した剣をすり抜けるように俊也の懐に飛び込む。
『熱き魂、しかと見届けたり』
その拳を青さよりも、透き通って虚ろな青色の光を灯した本は、男の拳をすんでのところで受け止めていた。
「あの本……もしかして!」と僕を心配していたウサギさんでさえ、目を疑う。
『憎むは内なる影。その栞は、その影を炎滅せしめんとするものに与えられた業火の楔』
あの時と同じ光景。栞はゆっくりと本から飛び出て、俊也の目の前に佇む。
『過去を仇とする者よ。今こそ 業火の果てへと旅立つがいい』
その手を栞に触れる。栞は瞬く間に俊也の右腕に映り、アザとなって発光する。
「お前の炎、俺が塗りつぶしてやる! ──マーズ!!」
掛け声とともに、俊也の周りを赤い熱風が包み込む。至近距離にいた赤髪の男さえも、その青い炎は形を留めるのに精一杯のようだ。
背後に現れたテンガロンハットと布切れを羽織った生物。大剣の柄に括りつけられたいくつもの黒い線を振り回し、ハットから見える時計のような顔だ。
よく見ると黒い線は時計の針のようで、長針と短針が交互にくっついている。
鋭くとがった逆四角錐の足は、体とくっついていないのか布切れからはみ出て浮いているようにも取れる。
「ならば俺の炎を超えてみろ」
再び拳を構え右足を後ろに引くと、男は地面を強く蹴り、瞬く間に急接近する。
俊也は思い切って剣を振るう。剣を避け、空中に飛んだ男をマーズと呼ばれた生物は大剣で吹き飛ばした。
「ぐっ──!」
吹き飛ばされながらも後ずさるように着地する。赤髪の男は剣をゆっくり抜き、柄を両手で握りしめる。
「その力、まさしく貴様の戦う理由を示した鏡。精神と魂の根源『ヌース』の類か」
青い炎が大剣を覆うように燃え上がる。曇天で暗く淀んだ空間が、二人の炎によって日が落ちる直前の夕焼け空に彩られた。
「再び剣を抜かせたこと、後悔するなよ」
「そんな脆い剣じゃ、俺たちの決意は切れねぇ」
両者の剣が互いに向けられる。マーズは布切れを取り、大小様々な歯車で組み込まれた胴体を露わにする。
一秒ずつ刻まれる歯車の回転は徐々に早くなり、俊也の靴が赤く発光していく。
赤髪の男も助走をつけて俊屋のもとへ駆けてくる。剣を後ろに引きながら構え、今度は真正面に突き打つ姿勢を取る。
マーズの歯車は熱を帯び、回転するたびに火花が散っていく。それが合図かのように俊也は右足で地面を蹴り、赤髪の男が突き出した剣とかち合った。
高く飛び、大剣は宙を舞いながら回転する。地面に突き刺さった一つの大剣、そしてもう一方の剣を肩に担いだのは、俊也だった。
「それがお前の決意か。大したもんだ」
赤髪の男はその場にあぐらをかいて座り込む。その場に立ち尽くす俊也のもとへ、僕はゆっくりと歩み寄る。
「カルマ、俺もこの力を使うことが出来た……」
「うん。カッコよかった」
「やるじゃない俊也!」
「ふふ、ふふふふ……」
奇妙な笑みを浮かべながら笑い声を出している。俊也の出していた戦士は姿を消し、腕のアザも薄っすらと消えていった。
「だははははははは!! 別に~それほどでもないけどな~!!」
高笑いをしながらふんぞり返っていた。褒めた途端、何かが吹っ切れたようにタカが外れてしまった。
「え、何このキャラ……」とウサムービットがつぶやくのも無理はない。僕も同じ意見である。この人に助けてもらったのか……。
「……そんな調子ノリに剣をはじかれたとあっちゃ、教官の任も剝奪ものだな」
赤髪の男が僕たちを見ながら、ふっ、と笑って見せる。
「あいつもいないし、ここが俺たちの世界じゃなくて助かった」
俺たちの世界じゃない? この男は今そう言った、つまり……。
「お前、別の世界から来たのか!?」
大声出して調子乗っていた俊也が、正気を取り戻して男に目を向けた。
「貴様らもそうなのだろう。この世界のある人物と風貌が似ている」
ある人物。僕らと似た格好をしている人間は一人しかいない。そして、男は初めに『奇妙な恰好をし武器を持ちながら、この村にいたとされる少年』を探していると言った。
「俺は、この異世界の真実を突き止めに来た」
僕らはこの世界で、唯一勇者を追うという目的が一致した人間と出会えた。
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