4-5 お前はなぜ目を開けている

『屋上まで追い詰めたのに、よくも逃げてくれたよなぁ。会いたかったぜ……』


 織田九太はゆっくりと歩み寄ってくる。


「現実の世界から、こっちの世界に来たのか」

『残念! 俺はタマシイ、本体の力の源さ。だが、本体を通してお前たちの学校や牢屋にぶち込んだことは見てきたぜ』

「……力の源?」


 俊也を押さえつけながらウサムービットが尋ねる。

『冥途の土産に教えてやる。 お前らはどういうわけか俺が生まれた瞬間、つまり過去に来ているんだよ』


 あまりの発言に俊也はヌースの解放を止め、少女──もとい怪物・アストライアー──が掴んでいた剣もマーズごと消えてしまった。


『そして未来の世界と、今の世界、二つの本体を通してお前たちを見てきた。なのに、本体はどの世界でもまだ甘ちゃんだ。なんのための力だよ……』


「ふざけんな!! てめぇのせいで飛鳥が……、学校のみんなが苦しんでんだぞ!」

『お前らしくもない、火山俊也。お前はもっと孤高で、強くて、冷めたやつだったろ』


 勇者、織田九太は剣先を俊也に向ける。僕やウサムービットを除いて、明らかに俊也に対して私怨を抱えているような顔つきを見せた。


『俺とお前は一緒だ。独りぼっちの正義のヒーロー』


 ウサムービットの手をどかし、ゆっくりと一歩前に出る。


「今の言葉で冷めたぜ。俺とお前が一緒? 笑わせんな。俺にはやるべきことがある。それを背負ってくれる仲間がいる。力を見せつけたいお前とは違うんだよ」


『……! ふふふ、はーっはっはっはっはっはっは』

「な、なにがおかしいのよ!」


 高笑いして腹をかかえる織田にウサムービットが怒りを露わにした。


『言ったろう、ここは過去の世界。お前たちが俺を倒せば、現実世界で起きたことはなかったことになるだろうな。だが、お前ら「仲間」はどうだ? 出会う前に元通り、なんてことになるかもなぁ?』


「出会う、前……」

 ウサムービットは胸に手を置く。少しうつむいてぎゅっと手を握った後、僕と俊也の顔に目を配った。


 答えは決まっている。彼女に僕は頷いた。俊也も横目で笑ってみせる。


「俺たちは互いの目的を果たすためにいる。危険承知で殴り込みに来てんだよ」

「……絶対にみんなを死なせない。もし過去がなくなっても、絶対に会いに行くわよ!」

 二人は決意を勇者にぶつける。僕も、彼らと同じ答えだ。


「僕らは元の世界に帰る。君を倒してみんなの世界を取り戻す」


 勇者は眉間にしわを寄せ、歯ぎしりを立てる。

『……ふざけるな、ふざけるなぁ!! そんなに仲間が大事なら、全員あの世で仲良くしやがれ!!』


 怪物・アストライアーが大きな手を振りかぶる。ウサムービットが僕を抱きながらサイドステップで避ける。俊也も地面を蹴り、宙でヌースを発動する。


「マーズ! スピードライズだ!」

 マーズの顔に付いた時計の針が徐々に回転速度を上げていく。上昇したスピードは俊也に伝わり、その勢いでアストライアーの指を大剣で切り落とす。


「指、一本ぶった切ってやったぜ。次は腕ごと行くか?」


 アストライアーはもう一度手を動かして俊也を狙いに行く。

「カルマさん、大丈夫ですか?」と心配しながら僕を真横にして抱えている。

「大丈夫、おろしてもらえるともっと大丈夫かも」


 僕は地に足をつけるとジアースを呼び出す。怪物がこちらを振り向くと握りこぶしを飛ばしてきた。


『ゴォアアアアア』

「ジアース、ガードだ!」

 剣を目の前に構え拳を防ぐ。勢いのあまり後方に押されるも、踏ん張って攻撃を耐えた。


「ムーン、その手をぶっ叩いて!」

ウサムービットのムーンが拳を地面にたたきつける。抉れるように地面の破片が宙に飛ぶ。

「本体ががら空きだよ」


 僕はジアースを使い、破片をアストライアーにぶつける。

『ボボォォォ……』

 うめき声を上げながら痛みを訴えていた。すると突然、隣にいた勇者がかまいたちを飛ばしてくる。


『俺の、邪魔をするな!!』

「くっ! あぶね!」

「きゃあ!」


 俊也が攻撃を回避した後、勇者が詰め寄ってきて鍔迫り合いになる。笑いながら、怒りながら、幾つもの感情を蓋にした剣が、俊也の目の前でぎりぎりと音を立てる。


「二度とその技は効かねぇよ……!」

『俺はお前を苦しめればそれでいい』

「その根性ごと焼き切ってやるよ!」

『今のお前じゃ俺は倒せない……俺には、神がいる』

「なに?」


 勇者は俊也の剣を払い、アストライアーの目の前に飛んだ。僕らの目の前にあったアストライアーの腕もゆっくりと本体に戻っていく。


『勇者は神と一体化する。俺は、いじめからも、暴力からも、誰にも負けない体になるんだ!』

 勇者は徐々にアストライアーの腹に取り込まれていく。

「怪物に飲み込まれていく……」

「うわぁ、どうなってるのよ……」


 勇者がすべて取り込まれると、どろどろに形作られた勇者の頭が首から生えた。怪物勇者の咆哮が地面を唸らせる。


「ちっ……その腐った頭ごと燃やしてやるよ! マーズ!」


 マーズが火球を手に溜めると一気に放出する。しかし、巨大な手で怪物勇者の顔を守り、炎が止んだ隙に手から大量のハサミを飛ばしてくる。


「うわっ!!」俊也はガードが間に合わず、かするようにハサミを受けてしまった。

「あのバカ……」

「ウサムービット、危険だ!」

「へ……きゃあ!!」回復に向かったウサムービットを狙うように、もう片方の手から机や椅子を飛ばしてくる。


「くそ……!」

 僕は疲れ切った体を無理やり動かし、本体に向けて剣を振るう。その剣先も巨大な手に遮られて、刺さったまま動けなかった。

「剣は……おとりだよ! ジアース!」


 背後から高く飛びあがるジアースが頭部目掛けて一文字に切る。

その剣すら、巨大な手についたハサミよって阻まれてしまった。


「ジアースも止められた……ぐわぁ!!」

 デコピンで吹き飛ばされ、地面に体を打ち付ける。正直、起き上がるのも剣を振るうのも限界だ。


「カルマさん!」

「無事か……!」

 俊也を肩車したウサムービットが僕の元に飛びよってくる。僕は寝転がりながら二人のほうを見た。


「勇者の頭に……攻撃が当たらない」

「あ? そりゃあ、あのムカつく頭に一発食らわせてやりてぇが」

「あの手が邪魔ですし、それに俊也はほら……」

「こ、こんな時まで高いところ怖ぇなんて言うか!!」

「いや、そこまで言ってないけど」

 墓穴を掘った、というやつか。俊也はちょっとショックを受けているように見えた。


「……ごほん、ともかく! あいつを倒すにも無策じゃダメだ。俺があいつの頭を狙う、お前らは手をなんとか……」

「俊也……」僕がつぶやきながら体を起こすと、俊也も振り返って僕を見つめる。



「僕があいつを終わらせる」



 二人とも目を丸くしていた。僕の顔はいまどうなっているのだろう。今までの僕とはきっと違うのだろうか。俊也は真剣な表情で僕の言葉に応じた。


「お前は、いつも何考えてるかわかんねぇけどよ……これが最後だ、付き合ってやる」

 ウサムービットは嬉しそうにぴょんと跳ねて僕の手を握った。

「あたしも張り切っちゃいます! 何をすればいいんですか!?」

 彼女のはしゃぐ姿が微笑ましく、自然と笑みがこぼれる。


 そして、僕は決死の作戦を二人に伝えた。





 あいつらは急に攻撃してこなくなった。相談しても無駄だ。神の力の前では、お前たちの不思議な力も無力さ。


 ずっと欲しかった力……誰も俺をいじめない。誰も俺を騙さない。最強、至極最強。


「マーズ! 燃やし尽くせぇぇ!!」


 動き始めたのは火山俊也だ。辺りを炎上させているが、それは同時にお前たちの首を絞めていることに気が付かないのか?


「ムーン、特大連続ハンマー!!!」

 ウサギみたいな女が地面を何度も叩いている。砂埃でも立てて目くらましをするつもりか?不可解な動きだが、だいぶ読めてきたぞ。


「ジアース……最後まで頑張ってくれ……!」

 前髪で目が隠れた男。あいつは地面を突出しながら走っている。俺の注意を引きつけているつもりなのか?


「十分だ、やれウサ公!」

「ちゃんと……ウサムービットって呼びなさいよ、ね!!」

 砂埃と沸き立つ火炎の隙間から何かが放たれる音が聞こえる。お前が来ると思ってたよ、火山!!


「ぐっ!!」

 俺は火山と不思議な力ごと右手で捕まえた。机と椅子で構築された、最悪の記憶の手。それをお前に食らわせてやれるのは最高に気分がいい。



『どうだ? この熱気の中で潰される気分はよぉ……なんだ、お前、目を瞑ってるのか?』

「……ちっ」

『は、はは……ははははははは! もしかしてお前、高いところ、怖いのか? 屋上にいたときも薄目だったもんなぁ! そんなやつが俺の首でも落とそうとしたのか? いやー笑いもんだぜぇ!!』


 滑稽だ。俺をいじめてきたやつらが笑っていたように、俺も惨めなこいつを笑っていたのだから

 ……いや、それはこいつがあまりにも無謀だったからだ。

 無謀にも自分が苦手な高いところに飛んできたのだから滑稽だと思ったんだ。


 無謀だと? わざわざ生きるか死ぬかの時に、お前はそんな勝負に出る奴じゃないだろ。


 孤高で、強くて、冷めたお前が、なぜ賭けに出た?


 なぜ、お前は目を開けている?


「首を落とすのは俺じゃねぇ。それに、ダチの雄姿をこの目で拝まねぇと、ウサ公にも怒られるんでな」



 風が強く吹き、なにかが横切っていった。

 その風は熱気を帯びていて、物理的に何かが飛んできたわけじゃない。

しかし、俺の目線と同じ高さに、圧倒的な敵意が剣を構えている。


 目の隠れた男、あいつらはカルマと呼んだ。


 その両手には強く握りしめた「大剣」が、背後には不思議な力によって生まれた生物。


「この世界は、僕が消す」


『く、くそぉぉぉ!!』


 慌てて火山を握っている手と反対の手を出してガードする。


「カルマさんの、邪魔するなぁぁぁあ!!」

 縦回転に飛んできたハンマーは人型に姿を変え、パンチで手を吹き飛ばす。


「いけぇ!!カルマぁぁ!!!」


 不思議な力は剣に集約し、カルマが飛んだと同時に振られる。

真っ二つに切られた俺の首は、声もなく、地面を転がった。

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