2-1 笑える日、一人仰ぐ

 絶体絶命の中、手に握った栞は一つの力へと昇華した。

朧に青く染まった光はその人型の生物に纏っていた。


 吹き荒れる風に耐え、剣を床に突き刺しながら膝をつく勇者。

そして勇者を冒涜した罪で処刑宣告をされ、脱走を図った僕。


 この時、正義はどちらにあるのだろう。

いや、どんな理由があっても僕には関係ない。


 ただあの世界に、姉さんが帰りを待っている世界に戻らなきゃいけないんだから。


『なんなんだその力ぁ!! 王よ、あれを出せ!』

「は、はいぃ」


 この現状に怯えながらも、王様は勇者の一声で動き出した。

そして不気味な銅像の背中を叩くと、広間にあった銅像たちが次々と揺れ始め、表面から破片が零れ落ちていく。

 中から紅色の甲冑を纏った剣士が現れ、十数体にもなる兵隊が出来ていた。


『お前らこいつをやっつけろ』


 勇者の声を皮切りに甲冑剣士が僕にめがけて襲ってくる。


「あぶねぇ!」

 俊也が僕に注意を呼び掛ける。しかし、その言葉よりも前に彼らの動きがつかめる感覚に気づいた。いつもより体が軽い、どんどん胸の内からみなぎってくる。


 僕の力「ジアース」は見た目にそぐわないクリーム色の剣を横なぎに振り、甲冑剣士を腹から裂いた。

 真っ二つに分かれた体はやがてちぎったノートのように、びりびりと音を立てて朽ちた。


『なんなんだ、こいつ只もんじゃねぇ……』

 ようやく体制を取り戻した勇者も気が付けば甲冑剣士の数はぐっと減り、俊也たちを押さえつけていた兵士もいなくなっていた。


「まだ、やるのか?」


 僕は勇者に向けて挑発する。横目に映る勇者は剣を抜き、僕の方へと突き刺す。

 だがその剣さえもジアースの剣の前では無力。一振りの衝撃で勇者は高く舞い上がった。


 宙に飛んだ勇者と同時に、僕の目の前に金板が一枚落下する。

 数秒後、地面に仰向けで落下した勇者。僕も最後の甲冑剣士を切り裂いて、俊也たちのもとに向かう。


「大丈夫?」

「俺は、平気だけど……お前のその力──」


 俊也は腰を上げて、僕の後ろや顔を交互に見ている。だがいつの間にかジアースは背後から消え、僕の左目も熱くなくなっていた。

 目に気を取られているとウサギはぴょんとカルマの左肩に乗り、僕の顔を両手でもみ始めた。


「カルマさあああん! お怪我は? 痛いところは? おめめは大丈夫ですかぁ?」

「離れて」

 ウサギを避けるように首をかしげる、だが執拗に触ってこようとするのでウサギを手で押しのけた。


「あいつ、急に人が変わったみたいだったな」

 俊也が仰向けで寝そべっている勇者を見ながらつぶやく。


「この世界のこと、あいつから聞かなきゃな」

 静まり返った広間の片隅で倒れた勇者に歩み寄る。なんだかあっけないなと思っていた僕は、勇者の指が動いたのを見逃さなかった。


「俊也!」

「え?」

 こちらを振り返った直後、大きな瓦礫が崩れるとともに勇者は立ち上がった。


 肩をすくめ右腕をもう片方の腕で押さえ、大口を開けながら深呼吸をしている。その鋭い目は僕らを睨み、目を離さない。


「なんで……こんなところでもボクがこんな目にあっているんだ」

「お前が襲ってきたんだろうが」

「……知らない。覚えてない! なんでボクばっかり!」


 さっきの口調とは違う。また別人に切り替わった。悪そうなやつが出ているときは記憶がないのか?


 目の前の出来事に悩ましていると、背後から兵士たちが戻ってくる。

「勇者様、加勢に参りました!」

「この者どもを捉えよ!」

 王様は僕らに指をさし、兵士たちを向かわせた。「さすがにまずい」と俊也は僕らのほうに近寄ってきた。


「もう一回、お前の力は使えないのか?」

「そっか。 ……あれ」


 なんだか力が入らない。その場に座り込んでしまい、流れのまま体を床につけた。


「お、おい! どうしたんだ?」

「ごめん。力が入らない」

「なにぃ!?」


 兵士たちがこっちに迫ってくる。顔が横に向いてるから兵士たちが壁を走ってるみたいに見える。そんなこと言ってる場合ではないが、思考回路もだいぶ落ちてきている。


 ふと目の前に光る金板を見つけた。さっき勇者が落としていったものだろう。

 残った力で金板に手を伸ばす。金板とも、兵士たちとも目と鼻の先。


「国賊には処罰を!!」

「くっ!!」


 思わず腕で防御の構えを取る。金板に僕の指が届いた瞬間、僕たちはまた不思議な光に包まれた。

 その光がとびかかる兵士たちを追い払い、まぶしさにそれぞれが目を隠すように腕を前に出していた。


 腕を下ろすときには、すでに王様や兵士たちは僕らを見失っていた。





 光が徐々に消え、目が慣れてくると見覚えのある機械が目の前にあった。


 コロポン。僕らが子供のころよりも昔に流行っていた、コインを入れて回すとおもちゃが出てくる機械だ。

そして、僕たちが異世界に行く直前に訪れていた場所でもある。


「俺たち、帰ってきたのか……?」


 僕らは辺りを見回し、森の様子を見たところで実感は薄いが、あの世界から出てこれたのだと把握した。

 押さえつけられた腕や体がひりひりと痛み、制服も泥まみれである。

皮肉にもこれが異世界にいたという証明になっているのだ。


「あの世界一体、なんだったんだ?」

「わからない。あっちにいた勇者って……つんつんヘアーの眼鏡くん?」

「ああ、間違いない。織田九太っていうやつだ」


 織田九太。学校で会ったときは変な前髪をした眼鏡のつんつんヘアーだった。

 それがあちらの世界では普通の気弱な青年のようだった。

しかしあの時、突如様子が変わると聞き覚えの口調で暴れるようになったのだ。


「あいつ、どっちの世界にもいるのか……どうなってやがんだ」

 はぁ、とため息をつきながらも内心落ち着いたように僕に話しかける。

「お前が無事でよかったし、なによりあいつに一発かませてすっきりしたぜ」

「いや、僕は……」


 僕らは無事に戻ってこれた。しかし異世界に行くことになったのは自分の責任でもある。

 このカセットテープとテープレコーダー。カセットテープは、コロポンを回したときに出てきたものだ。これを再生したとき、光に包まれて異世界へと行ってしまった。


 テープを再生する前に聞こえた不思議な音。あれが僕たちをこのコロポンへと誘ったのだが、あれから聞こえてこない。


 ぐぅ……


 聞こえてきたのは僕の腹の音だった。そういえばお昼ごはんをつんつん頭に取られたんだった。


「くく……ははははは!」

 俊也が顔を上げて笑い始める。そんなにおかしかったのだろうか。


「あんだけ振り回して、結局食い意地かよ」

 今日初めて見た口角の上がった顔は、憑き物が取れたように清々しかった。釣られて僕も笑みを浮かべる。


「で、クリームパンだっけ? おごってやるよ」

「あ、家で夕飯だから明日で」

「こういう時までお前なぁ……まあいいけどよ」


 僕がカバンを拾って制服をはたいていると、俊也はその場にあぐらをかいて座り込んだ。


「帰らないの?」

「ああ、いろいろありすぎて疲れた」

「そっか、気を付けて」

 あまりにも淡白だったかもしれないが、僕は森の中を抜けて家路へと向かった。




 ここからは彼の物語の一部。あぐらをかいていた青年は揺れる草木を見つめている。

 一人、今日の出来事を見つめなおす。自分がいつの間にか一人の少女のために激怒していたこと。

 無関係な、むしろ自分を巻き込んできた片目が前髪で隠れたカルマという男をかばったこと。


「わからないもんだな……」


 空を見上げると、真上は紫の波紋が広がり、視界の端はオレンジ色が森の隙間から顔を出している。


「飛鳥、俺よりわけのわからないやつに会ったよ……お前と同じくらい」


 彼を囲んだ森が、そよ風にあおられて奏で始める。

若葉がくるりと表裏の葉脈で見下ろしていた。


「友達って、まだわからないけど、あいつといたら何かわかるのかもな」


 彼は自分のやりたいことを空に仰ぎ見る。まだはっきりとしていないその道筋は、あの異世界と、カルマという青年を知ることで見つけられるに違いない。

 新しい世界の始まる音が、森から響き渡る。


 しかし、俊也は気づかなかった。そのざわめきが、一匹のウサギによるものでもあることを。

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