第04話 犬の散策

「エイネ? おい、エイネ」


 相棒の声が聞こえなくなってしまった。

 何度呼んでも、エイネからの返事はない。

 アートスは腕時計のスイッチを押した。

 二時五十三分。

 エイネが潜入して、四十分くらいが経とうとしていた。


「どうやら、捕らわれちまったみてえだな。しょうがねえ。迎えに行くか」


 アートスは四輪車から降りた。

 黒いネクタイを緩ませ、ジャケットの前も開ける。

 鼻から深く空気を吸った。

 蜂蜜みたいな香り。

 まだ残っている。


「彼奴の匂い、嗅いといで正解だったな」


 予定通り、エイネは裏口から入ったらしい。

 表の門には変わらず、見張りが二人いる。

 やけに楽しそうに話している様だ。


「ご主人様は今頃、女の子で遊んでいるんだろうな」

「ああ。娘を拉致して楽しむとは、中々悪い趣味だ」

「だけど今回は違う。根っからの悪党だから、心置きなくコレクションに出来る」

「しかもあのシャドウキャットだ。堕ちていく姿が見てみたいぜ」


 見張りが下品に笑い合う。

 その時、豪邸のすぐ横に広がる森から崩れる様に何かが響いた。


「誰かいるのか?」


 見張りの一人が叫ぶ。

 しかし、返事は来ない。

 だが、明らかに不自然な音だった。

 動物が動いた音ではない。

 もっとこう、力強く壊した様な感じだった。


「お前、ちょっと見てこいよ」

「わかった」


 見張りが一人、夜の森へ入っていく。

 数歩進んだ所で辺りを見渡す。


「お?」


 足の違和感。

 視線を下ろすと、赤い果実が割れていた。

 見張りは膝を曲げて確認した。


「林檎か? だけどこの辺には農園どころか、林檎の木一本も生えてないぞ」


 脳天に走る衝撃。

 見張りは潰れた林檎に顔を突っ込んでいた。


「おい! どうかしたのか!」


 もう一人の見張りが心配そうに叫ぶ。

 だが、その見張りも突然、何者かに首を絞められ、落ちてしまった。


「なるほど。エロ親父に遊ばれてんだな」


 がら空きになった門に手をかけ押してみるアートス。

 門は固く、一人で開ける事には無理だ。


「だったら……」


 門の金具に手を掛け、体を思い切り持ち上げた。

 真上から下へ、体が扉を越えて落ちていく。

 両手も使って華麗に着地した。


「な、貴様誰だ!」


 中庭には見張りが数人見えた。

 皆、得物である剣を持って向かって来る。


「一人、二人、三人……」


 まだまだ増えていくかもしれないが、まずは先に来る三人を片付けよう。

 アートスは姿勢を低くし指先を鋭く曲げた。

 そして、掌を突き出し、大きく吹っ飛ばした。


「がは!?」


 一人が吹っ飛ばされると、残りの二人が急に動き止める。


「銀狼流だ……!」


 アートスは隙を逃さなかった。

 思わず、足を止めてしまった見張り二人に銀狼流の技をお見舞いした。


 ――犬乱掌底けんらんしょうてい


 獣の爪に見立てた掌は、見張りの剣が繰り出す前に炸裂する。

 鳩尾に深く入り込み、生唾が吐き出された。


「侵入者だ! 捕らえろ!」


 続々と集まる見張り達に、アートスは跳び上がって距離を取った。

 彫刻が刻まれた石柱の上に着き、懐に手を入れる。

 そして、見張りに向けて放った。


「グハッ!」


 犬の紋章が刻まれた拳銃から放たれる弾丸は、空気を貫いた。

 弾丸は一発ずつ、見張りを倒していく。


「この野郎!」


 見張りが剣を投げて来たが、アートスは宙を舞いながら避けた。

 弾丸を込めながら、銀狼流の技を繰り出していく。


 ――狼爪衝ろうそうしょう


 下からの回し蹴りは見張りを数人、一気に倒した。

 装填が完了すると、再び距離を取って発砲。

 見張りを蹴散らしながら、今度は豪邸の中に入り込んだ。

 続々とやってくる見張り。


(これだけ多い警備員がいたら、余程の金持ちなんだな)


 剣を避け、至近距離で弾丸を放つ。

 弾が無くなれば、装填しながら格闘に入る。

 壁際を走ってからの前蹴り。

 着地と共に滑って、スライディング。

 空いた手を軸に回って、発砲。

 ひたすら敵を倒していく内に、心当たりのある匂いに気付いた。


(彼奴のシャンプーだ)


 蜂蜜の様な涼しい香りが漂っている。

 これを辿れば、エイネが見つかる筈だ。

 アートスは見張りの隙を付いて、走っていく。

 逃がさない、と見張りも後を追う。

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