第15話 新しい魔法使いは閃いた

 そして夜は明けた。イーリスとリリスはどうしたかというと、リリスが「別に私はたまに出てくればいいわ。今までは全く話せなかったんだもの。これで十分よ」などと言って引っ込んだ。あっさりしたものだ。


 一応言っておくと、リリスと俺はシビルたちの前では話せなかった。魔法的な原理は分からないが以前のイーリスと同じ。あの化け猫姿の時のように話すことはできず、おそらく一人と一匹――二匹かもしれないが――で話してもその内容をシビルに伝えようとすれば一時的に忘れてしまうのも同じだろう。


 それはいいとしてだ。俺はいま非常に気分がよろしくない。なぜなら目覚めたのは鳥もまだ鳴かぬ明け方だからである。ひと騒動あった日の翌日の朝には少々辛すぎる早さだった。実に憎たらしいことに俺は起こされたのだ。廊下で一人で寝ていたのにだ。


 それはしばらく前のこと、どれだけ寝相が悪かったのかは想像がつかない。服がはだけてお猫様にも少々目のやり場に困るような格好のシビルがふらふらと部屋から出てきたのである。俺はそろりそろりと逃げられたらなんとよかったっことか。


 しかしこちらとて寝起き、それほど素早く行動などできるはずもなかった。その時シビルは確実に寝ぼけていたね。こいつは寝起きも寝つきも寝相も最悪なのだ。おそらく正気でないシビルは俺をつかみ上げると、よくわからぬ魔法をかけていった。


 その結果どうなったか、俺はもっふもふの毛玉になっちまった。


 しまいには毛玉になった俺を「もふもふ~」などとらしくないことを言ってにんまり笑うとそのまま戻っていったのである。ああなんとおぞましい。どんな、かわいらしい夢を見ていたことか、想像しただけで悪寒が走る。記憶に留めておいていつか掘り起こしてやろう。


 そんなわけでシビルは部屋へと戻っていき俺は一匹、いつもよりも毛量倍増で家の中をうろうろするしかなくなってしまったわけだ。長らく待ちぼうけって今ちょうど、朝の早い人間が起きてきたところである。


「よっ……。随分毛、長いな」


 イーリスは純白の髪を手ですきながら部屋から出てきた。その耳、猫の方の耳は垂れ下がっているのが目に入る。前に見たときはピンと起きていたのに。ひとまず俺は、


「寝ぼけたシビルにやられた」


と答えた。


「あっはは、なにそれ笑える。あなたって割と面白いのね。――っ、なんか出てきた」


 すると彼女は急に眼をかっと開いて笑い出す。耳も一度だけ起き上がった。この話し方はリリスか。


「昨日引っ込んでるって言っただろ」


「んー、もう引っ込んだみてーだな」


 なんともゆかいなものである。早いものだがこの誰と話しているのか分かりずらいのには慣れてしまった。イーリスとリリスでは全く話し方が違う。だからどちらが話しているかはすぐわかる。


 そしてリリスのふざけ具合とは相反してイーリスが何やら思い詰めた様子なのは明白だった。


「なあ、オメーは親父がどこにいったと思う?」


 イーリスは心ここにあらずといった様子。雨上がりのぬかるみを踏んずけながら、雲が立ち去った空をぼーっと眺めているみたいだ。俺らからしたら今回の件、一件落着と行きたいところだが彼女はそうではない。


 当然だ。もしかしたらまたどこかでオスヴィンがシビルの前に立ちふさがる時があるかもしれない。だがその時、イーリスが立ち会わせることはないのだから。それに最悪俺らは奴を葬ってしまうかもしれない。あそこまで追いつめて逃げられてしまうのだからな。しかしそれもイーリスが全く知らないところで。


 もし仮にシビルがやってこなければ、この村で何も知らずに暮らせたろうに。死んだと思っていた自分の親が生きていると知って、さらに再開できたかと思った矢先その行方すらも生死すらも知れぬままさようなら。


 シビルがこのまま立ち去ってしまえば、こいつは自分の問題を引っ掻き回されてそのまま置き去りというわけだ。


「あいつはあの方とやらに従ってたみたいだし、奴を助けた奴らもいた。てことはだ、そいつらを探せばオスヴィンは見つかるんじゃないか? っていっても何も手がかりはないけどな」


 俺がイーリスに伝えてやれるのはそれくらいだ。もちろん彼女一人でそんなこと出来っこないだろう。変に知ってることを教えて、それでできないという現実を知らしめてしまうとは俺もひどい奴だ。


 おれは言ってすぐ言わなければよかったと、そう思った。知らないで済ませておけばよかったと思った。だがイーリスは何かを思い立ったかのようにぱっと顔が明るくなる。


「着いてってもいいか?」


「えっ?」


 着いていくとはシビルに着いていくということだろうか。しかし着いてきてどうするというのだ。


「お前んとこの魔法使いを親父が探してるならいつか会えるはずだろ?」


「うーんけどよ、ってことはつまり危険も付きまとうわけでいいのか」


 危険というのもあるし、そもそも発つのは四日後。シビルはおそらくルードルフに戻ってくることはない。リンダがなんというかもわからない。そんな簡単に決めていい話ではないと思うのだ。


 俺の本音を言えば、とてもいい案だと思うのだがな。俺としても話し相手がいるのは嬉しい。ただ、やはり問題は彼女が少し特殊な境遇にいるとはいえただの少女ということ。この村から出たこともなければ生き延びる術も知らないだろう。


 それはシビルも同じだがあいつには魔法がある。イーリスは鼻が利くとか、少々身軽だとかそのくらいだろう。


「やっぱ足手まといか?」


「いやそんなことは――」


「そんなことないわよ」


 また出てきたなリリス、何が言いたい。足手まといとは言わないが彼女がついてきてもできることが少ないのは本当だろう。


「わたしね、魔法知ってるのよ。これでも使い魔だしね。でも当然使い魔は魔法を知っていても使えない。でも今私がいる体は人間、それも魔法使いの娘、すでに多少悪魔とのつながりはあるみたいよ」


「つまり何が言いたい?」


「必要な時にはわたしが魔法で色々助けてあげる。もちろんイーリスを守ったりだって多少はできるわ。あなたの主さんからいろいろ教えてもらえばもっといろいろできるかも。どう? この子連れてってみない?」


「いやしかし、ほんとに魔法が使えるのか?」


「やってみる? 彼女みたいにあんな規格外な魔法は使えないわよ?」


 そういうとリリスはしゃがんでその細い指を木の床に滑らせる。乾いた木の表面を指がこする音がして、なぞったあとがごくわずかに光る。シビルが一瞬で放つよりもずっとゆっくりで、矮小だが確かにそれは魔法式だった。


 それからかたまに指をあてて何かを思い出しながら、とぎれとぎれによくわからぬ音を発する。


「えいっ」


 彼女がそういうと魔法式からポンと小さな光が飛び出して俺に当たった。するとどうだろう。俺のもふもふが元に戻ったではないか。


「うまくいったわね。うちの馬鹿主がこの魔法つかってわたしをもふもふしてたのが懐かしいわ」


 あのおっさんそんなことしてたのか。いやまあ誰だってもふもふをもふもふしたくなる気持ちはあるよな。


「――っ、アタシ今魔法使ったのか?」


 とここでイーリスに交代、彼女は自分が魔法を使ったことに驚いているらしい。自分がと言っても使ったのはリリスだが。というかこいつらはそれぞれの記憶は共有されてないみたいだな。完全に別の二つの意思が一つの身体にあるのか。


「まあ、俺は着いてきてもいいと思うぜ。シビルも別に気にしないだろ。あいつ人に興味ないからな」


「そうか、ならあとはばーちゃんをどう説得するかだな。絶対ダメって言いそうだし」


 ひとまず掛け合ってみるとするか。








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