成長できるラスボス

俺は無言で目を瞑り、自分の欲しいスキルをイメージしながら胸に手を当てる。

それから数秒するとステータスが表示される時のように空中にスクリーンが浮かび上がる。


【獲得】


スキル : バッシブスキル 『成長』



「なんだこれは?」

「ちょっと手貸して」

「は?」

俺は不思議そうにしてるローワンの手をギュッと握った。

その手は本当に生きてるとは思えないくらい冷たく骨だけなんじゃないかってくらい細く硬かった。


「トランスファー」


俺が唱えると俺の手が仄かな黄色の光に包まれローワンの方へと移る。

数秒すると光は消え、そのタイミングで手を離した。


「なんなんだ?」

「これ使うの2回目だから上手くできたかわかんないけど」


俺はローワンに向けて手のひらを翳すと空中にステータスが表示される。


【ローワン】


性別 : 男

年齢 : ???

ジョブ : 魔王(ラスボス)

レベル : 983

スキル : バッシブスキル『毒・闇無効』『威圧無効』『物理耐性』『魔法耐性』

アクティブスキル『暗黒魔法』『猛毒魔法』『雷撃魔法』

魔眼『威圧』


獲得スキル : バッシブスキル『成長』



「よし。成功したみたい」


翳した手を下ろしローワンを見ると訝しげな目で見ている。

なんか、変な壺を勧められて警戒してる人みたい。


「全然頭が追いつけねぇんだけど……どうなってんだ?」

「今君にあげたスキルは『成長』っていって、他のチャレンジャーと同じようにバトルしたら経験値を貰えてレベルが上がるんだよ」

「あ? あぁ……」

変化を探してるのかローワンは無言で自分の腕や足を何度も見ている。

このスキルは突然マッチョになるとか改造人間になるみたいな変化はないと思うからわからないと思うけど。


「もし効果みたいなら俺が相手になろうか? 加減はしないけど」

「胸糞悪くなるだけだから、ご丁重にお断りしますだ」

ローワンは口をへの字にさせてめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。

ラスボスに対戦拒否されるって……

でも、そうなるといつ来るかわからないチャレンジャーを待つしかない。

チャレンジャーが対戦中は部屋に入って来れないため来ていても俺がここにいる限り入って来れない。

俺もスキルの効果見たかったんだけどなぁ……


「じゃあ、リタイアするからバトルだけは始めさせて」

「本当にリタイアする?」

「するから。バトルしないと部屋から出られないし」


ローワンは渋々立ち上がると【バトルスタート】という殺風景な文字が浮かびバトルがスタートした。

この文字絶対俺が書いた筆の字の方がいいと思うんだけどなぁ。

バトルスタートの文字が消えるとバッシブスキルが映画のエンドロールのように流れ出す。

これにそれっぽいBGMつければ完璧にエンドロールだね。


……それもそうだけど……視線が痛い……


瞳だけ動かしてローワンを見ると「はやくリタイアしろ」オーラ全開でこっちを見ている。

こりゃ、はやくリタイアしないと文句言われそ。


「リタイア」


【本当にリタイアしますか?】


「はい」


【ゲームオーバー】


言葉ひとつで呆気なくゲームオーバーが表示される。

リタイアは負けを示している。

口でリタイアと言えば簡単にリタイア出来ちゃうのだが、負けとなってまた1番下からやり直さないといけなくなるため滅多に使わない。

というか、俺も初めて使った。

それに、普通の負けなら経験値が少しは貰えるのだが、リタイアでの負けは経験値が貰えないためリタイアするくらいなら負けた方がいいと考える人も多いと思う。


あともう少しでレベルあがりそうだからわざと負ければよかったかも。

あちゃあ、勿体ないことしたなぁ。


「なあなあ! 和泉悠真! これ見ろよ!」

「ん?」

珍しく興奮気味のローワンがバトル終了後に表記される空中スクリーンに移ってるステータスを指さした。

ローワンが指さしてるスクリーンを見ると【レベルアップ】の文字とローワンのステータスが交互に表示された。

どうやら、俺がリタイアしてもローワンは勝ったことになって経験値が貰えたらしい。


「おー! よかったね!」

「もう1回バトルしようぜ! それでお前リタイアしろよ!」

「それはやだ。負け数増えるし」

「いいじゃねぇか! どうせ負け数少ないだろ?」

わかってないなぁ……このヒトは……

俺は手を翳してスクリーンを出すとその手を右方向にスライドさせる。


【戦歴】


131591戦中


98593勝


32998敗




「これのどこが少ないと思う?」


わざと圧をかけるつもりで微笑んで言うとローワンは驚いたように目を見開いた。

それから、首の後ろをさすってうつむき加減になった。表情から申し訳なさそうな気持ちが伝わってくる。

まぁ、チートだって思われることはよくあるから慣れてるけどね。これでも下積みの苦労があったんだよ。


「……お前も負けるんだな」

「そりゃそうだよ。俺だってレベル1の時もあったし」

「そう、なのか。初っ端から強いかと思ってた」

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずって言葉がある通りみんな平等なんだよ」

どのチャレンジャーも初めはみんなレベル1から。俺だってそう。

この世界はみんな平等なんだ。

ま、これは俺も人から教わった事なんだけどさ。


俺はローワンの肩に軽く手を置いた。


「次戦う時は対等に戦えるといいね」

「何様のつもりだ」

「和泉悠真様。それじゃ」

俺が扉の方に向かって歩き出すとローワンが「和泉悠真!」と声を張って呼び止めた。

歩くのをやめて振り返るとローワンは頬をかいて恥ずかしそうに目を逸らす。


「その、ありがとよ」

「どういたしまして」

そう言って、扉を開き部屋から出ていった。

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