第4話 素直に

「まさか、外で待っててくれてるとは思ってなかったから。こんな風に出くわすことになるなんて……」

「か……香月? ちょっと待て」

「皆、今から真っ直ぐリンクに行くらしくて。もう暗いし、送っていく、て言ってくれて、駅からここまでついて来てくれたんだ。でも、嘘吐いてでも一人で来るんだった」


 折り曲げた膝の上にぎゅっと握り締めた拳を置き、まるで懺悔でもするように思いつめた表情で続ける香月。俺が全く話についていけていないことも気づいていないのだろう。このまま、再び、「ごめん」とでも言い出しそうで、


「迂闊だった。中途半端なことしちゃって……」

「――香月!」


 無理やり話を断ち切るように、俺は近所迷惑覚悟で大声を張り上げた。

 さすがに香月もぎょっとして口を噤み、ようやく目も合った。やっと、まともに話せそうだ、とホッとため息吐いて、「あのさ」と改まって切り出す。


「カブちゃんと付き合うことになった、て……絢瀬が、か? 二人、今、付き合ってんの?」


 すると、「へ」と気の抜けた声を漏らし、香月は目を丸くした。


「そう……だけど。話……全部、聞こえてたんじゃないの?」

「話って……ああ、まあ」


 盗み聞きしてた、なんて今さらながらに情けないというか、後ろめたいというか。香月にはバレバレだったとはいえ、あまり堂々と肯定したくもない。俺は曖昧に返事して、視線を逸らした。


「ホワイトデーがなんたら、と話してたのは聞こえたけど、途中から全然聞いてなかった」


 もっと詳しく言えば、『それどころじゃなかった』だけど。

 いかに、この状況から抜け出そうか、とそれで頭がいっぱいで。すっかり、会話から意識は逸れていた。気づけば、香月がそこにいて、いつのまにか皆はいなくなっていて……今に至る、というわけだ。


「じゃあ……もしかして、私が今、明かしちゃったの? ――ごめん!」

「は? いや……なんで謝るんだよ?」


 ぎょっとして視線を戻せば、香月は「だって……」と力無い声で言いながら俯いた。


「陸太にとって、絢瀬さんは初恋の相手だし……特別だと思うから。絢瀬さんが友達と付き合うことになったら、陸太も複雑だと思って。だから、せめて、本人の口から聞きたかったんじゃないか、て……」


 な……なにを言ってるんだ? そんなことを気にしてたのか!?

 愕然として、俺は固まってしまった。何をどう言ったらいいのやら。とりあえず、アホか――と怒鳴りつけたくなった。

 呆れを通り越し、苛立ちさえこみ上げてきて、


「お前な……」と思わず、立ち上がっていた。「初恋とかどうでも――」


 言いかけ、はたりと言葉を切った。

 いや――それを俺が言うのか? 『初恋とかどうでもいいだろ。俺が今、好きなのは香月だ。過去のことは気にするな』って? 香月が護といるとこを見て、咄嗟に隠れておきながら? こんな物陰で偉そうに説教するつもりか。


 どっと全身から力が抜けた。

 俺だって……と、そのとき、ようやく気づけた気がした。

 俺だって、同じだ。ずっと気にしてるんだ。無意識でも、心のどこかで、まだ引っかかってる。香月が初恋なんだ、と言った護のその言葉が。


 護を疑ってる、とかじゃない。まだ香月を狙ってるんじゃないか、て警戒しているわけじゃない。ただ、漠然と事実として信じられないでいるだけなんだ。香月が初恋で、再会して、まだ好きだ、て実感した――そう俺に語ってくれたその想いを……そこまでの想いを、そんな簡単に断ち切れるんだろうか、と。きっと、完全に吹っ切れたわけでもないんだろう、と思ってしまう。

 それを俺に確かめる術はないし、確かめるようなことでもないのも分かってる。それでも、どうしても、何かモヤモヤとしたものが心の片隅に残る。まるで、消し炭みたいに。もう過去のものだと思っていた不安が、まだそこに燻っている。


 香月も……そうなのかもしれない。

 そういえば、俺ははっきりさせたこともなかったもんな。

 相変わらず、素直じゃないよね――さっきは雑に遇らってしまったその言葉が、今は救いを求めるようなそれに思えた。


「とにかく……」どこか無理したような上擦った声で切り出し、香月もすっくと立ち上がった。「私が口を滑らせちゃった、てカブちゃんには私から言っておくね。カブちゃんも、実は気にしてて……」

「香月――」


 立ち上がった香月に一歩近づき、「え」と見開いたその目を食い入るように見つめて、俺ははっきりと言った。


「確かに、初恋は絢瀬だ。ホッケーやってた頃、俺は絢瀬のことが好きだった」

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