第6話 自覚
え……なに、それ? 変だよ。どうしちゃったんだ。
陸太は友達なのに。男の子なのに。かわいい――なんて。
だって、ずっと憧れてたんだ。格好いい、て思ってたんだ。そんな陸太みたいな『男』になりたい、て思ってきたんだ。それなのに……そんな陸太を、かわいい、て思ってる。かわいくてたまらなくて。今、なんか……その顔を思いっきり、うにってしたくて――。
「だ……大丈夫! ――なんでもない」
顔に力が入らなくて。どうやっても、緩みきった頰を引き締められそうになくて。
私は唐揚げを持ったままぱっと腰を上げ、陸太に背を向けた。
ああ、まだ……胸がドキドキする。体がふわふわする。
落ち着け――て、瞼を閉じても、さっきの陸太の笑顔がそこに浮かんでしまって逆効果。胸が今にも張り裂けそうで。息が詰まって苦しいくらいで。今にも何かが爆発しそうで……。
これって、もしかして……いや、もしかしなくても――だよね。
動揺しながらも……ふいに、懐かしい、とも思った。
この感じ、前にも味わった気がする。何度も、何度も……味わってた気がする。昔……あの肌寒いリンクサイドで――。
その瞬間、ハッと目を見開いて……「あ」と声ともつかない浅い息が口から漏れていた。
そうだ。覚えてる。
ずっと、こうだった。陸太に手を引かれて、皆のところに連れて行ってもらってたとき。いつも、こんなふうに胸が高鳴って、体が熱くなって、気づけば顔が綻んでいて……。
嬉しい――だけだと思ってた。
でも、違ったんだ。
そっか……て、私はぎゅっと自分の胸元を握りしめていた。意識……してなかっただけなんだ。女としての自分は、ずっと、ここにいたんだ。『男』として、陸太の隣にいる間もずっと――。
「おい、カヅキ?」
背後で陸太がベンチから立つのが分かった。じゃりっと土を踏む音がして、その気配をすぐそこに感じた。
「マジで、変だぞ。どうしたんだよ、ぼうっとして? なんか見えんの? お前、霊感……あるんだっけ?」
すっかり辺りは暗くなって、公園の街灯にぱっと明かりが灯った。
足元には幾枚もの桜の花びらが散らばっていて、もうずっと前に落ちたのだろう、土を被り踏み荒らされ、ボロボロになって黒ずんで……見ているだけで、胸が軋んだ。陸太との関係も、こんな風に終わりが来るのかもしれない、て思うと怖くなる。
でも……。
ぼんやりとした光が朧げに照らす中、私はキャップのツバに手をかけ、なるべく顔が影になるように目深に被り、くるりと身を翻す。そして――、
「やっぱ、俺――陸太が好きだなあ、て思って」
陸太と向かい合って、そうあっけらかんと言った。
「は? なんだよ、急に?」
当然……だけど、困惑した顔をして佇む彼に、「なんとなく……さ」て私はごまかすように続けた。
「陸太と……友達になれて良かったな、て思って」
「ああ……そう。まあ、俺もそう思ってるけど……」
「うん。なら、良かった」
そう、『友達』でいい。今は……。
でも、いつか――て、胸の奥で確かに訴えかけてくる自分に、もう気づいたから。
子供のころと変わらない陸太が好き。このまま、ずっと変わらないでいてほしい。そう思いながら、変わってほしいとも思ってる。勝手……だよね。
ずっと、バレるのが怖かった。女だって明かすのが怖かった。この関係が終わるのが厭だった。でも、今は……『私』を見て欲しい、て思い始めてる。友達としてじゃなくて、一人の女の子として見て欲しい、て思ってる。
それまでは、友達でいる。何年かかってもいい。いつか、陸太の女性恐怖症が治るまで……親友として傍にいる。それまでは、絶対に裏切らない。友達としての一線を越えたりしない。でも、そのあとは……友達を辞めてもいいかな?
「――いや、良くねーよ」
急に呆れた声がして、ぎくりとして心臓が飛び跳ねた。いつのまにか俯いていた顔を上げれば、
「急に、好きだ、とか言うな。面と向かって言われたら、さすがに照れるわ。イケメンの無駄遣いだ。やめろ!」
「え……」
あたふたとして、頰を染めて責め立ててくる彼は……やっぱり、かわいくて。胸がきゅうって苦しいほどに締め付けられる。
はわあ〜、てため息なのか何なのかよく分からない声が漏れそうになる。
やっぱり、変……だよね。陸太は可愛いって感じじゃないのに。どちらかと言うと、真面目な感じで。可愛いというよりは硬派だと思う。でも……かわいい、て思っちゃうんだ。
たぶん、きっと……これが、愛おしい、て気持ちなんだろうな――て、今、初めて知った気がする。
「ごめん、ごめん。びっくりさせたね」
自然と緩む頰に任せるままに笑って言うと、「びっくりどころじゃねぇから」と陸太は頭を掻きながら、吐き捨てるように言い返してきた。
「やっぱ……やめようぜ、そういうの。男同士で」
「うん。そうだね。もうやめるよ、男同士では」
「だいたいな、お前のようなイケメンは他にたんまり需要があるんだ。こんなところで、好き、とかそういうセリフを俺に無駄撃ちするな。そういうのは……ほら、もっと、こう――大事なときに取っておけ」
いいな!? と私をびしっと指差し、動揺のままに声を裏返して言う陸太に、「はいはい、分かったよ」と宥めるように言って、
「ちゃんと取っておくことにするよ。大事なときまで」
わざと意味深に呟き、唐揚げをまた一つ口に運んだ。
『女としての自分』がどうあるべきか、まだよく分からないけど。
でも、少なくとも、『男好きの悪女』だなんて、陸太には……陸太にだけは思われたくない、て思うんだ。いつか、女だ、て陸太に打ち明けるとき、胸を張って明かせるような
それで――いつか、堂々と言いたい。私は、陸太のことが好きだ、て。
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