第4話 親しみの味
空は群青色に変わり、夕焼けの名残が地平線の辺りに橙色の淀みとなって残っていた。
コンビニを脱出してすぐ、『ちょっと寄ろうぜ』と陸太に言われて入った近くの公園は、こぢんまりとして人気もなかった。遊具といえば、鉄棒と滑り台くらい。薄暗い中、まだ眠ったままの街灯が真ん中でぽつんと佇み、誰かの忘れ物だろう、サッカーボールが寂しく転がっている。
特に、何をしよう、と言われて来たわけでもなく……適当におしゃべりでもするのかな、と思いながら、陸太に促されるまま、公園の隅にあるベンチに陸太と並んで座った。
すると、ごそごそと陸太は隣でコンビニのレジ袋をいじり出し、
「久しぶりに一緒に食いたくなってさ」
「ん?」
何を? ――と振り返った私の目の前に、ぽんと差し出されたのは、可愛らしい鶏のイラストが描かれた逆台形の紙容器で。蓋もなくぱかっと開いた口からは、コロコロ丸い狐色の唐揚げがひょっこり顔を出していた。
「お前、コンビニの唐揚げ好きだろ」
まだキャップを目深に被ったまま、陸太は平然とした顔で言った。
そういえば――コンビニを出る直前、陸太は「ちょっと待っててくれ」と言ってレジに行き、唐揚げを買っていた。てっきり、唐揚げを買うためにコンビニに入って、閉じ込められることになってしまったのか、と思っていたけど……。
私と食べるため……だったんだ。
ぽかんとしていると、
「好き……だったよな? お前、肉ならなんでも食うよな?」
「言い方……」と引きつり笑みでぼそっと言ってから、私は気を取り直すようにため息吐き、「ありがと」と唐揚げの容器を受け取った。「実は、結構、腹減ってたんだ」
ふわっと立ち上ってくる香ばしい香りに誘われるように視線を落とせば、容器の中で窮屈そうに唐揚げが身を寄せ合っている。油を纏った狐色の衣が暗がりにキラキラと黄金に輝くようで。おいしそうだな、て……眺めてるだけで、ウキウキしてくる。
久しぶり――か。確かに、久しぶりだ。少し前まで……ホッケーやってた時は、練習前に同い年の仲良かったメンバーで早めに集まって、近くのコンビニで買い食いしたりしてた。
懐かしいな、なんて思いながら、容器に付いていたつまようじを取って、てっぺんにあった唐揚げに突き刺し、口に運ぶ。
はぐっと唐揚げを噛み締めると、熱い肉汁がじゅわっと口の中で広がって、心にまで沁み渡っていくようだった。体の中がじんわりと暖かくなっていって、胸がいっぱいに満たされていくようで……ホッとする。唐揚げがおいしい――のも、あるけど。それだけじゃない……んだろう。
夜の訪れを告げるような、肌寒い風が吹いて来て、公園を囲むように植えられた木々の枝を揺らしていった。さわさわと葉の擦れる音に混じって、隣でまたごそごそとレジ袋をいじる音が聞こえてくる。
ちらりと横目で見れば、陸太が自分の分を袋から出して、私と同じようにつまようじを手に唐揚げをもぐもぐと食べ始めていた。
つい、頰が緩む。
やっぱり、いいなあ……と思ってしまった。この空間。陸太の隣。ここが一番落ち着く。すごく安心して、どんな悩みも忘れられる気がする。一緒に唐揚げ食べてるだけなのに、なんか……それだけでいい、て思えてしまう。
ああ、そっか――て、そのとき、唐突に気づいた。
私、陸太を助けに来たわけじゃないんだ。逃げてきたのは、私の方。私は、ただ陸太に会いたくて来たんだ。
加賀先輩とのことで落ち込んでて……そんなときに、電話の向こうから『カヅキ』って呼ぶ親しげな声が聞こえてきたから。いてもたってもいられなくなった。逃げたくなったんだ。小さい頃から、ずっと変わらず傍にいてくれる親友のところに……。
だから……一時間もかけて来たんだ。電話の相手しててくれ――て陸太に頼まれたのに、それを無視して。
急に胃が締め付けられていくような痛みを覚えた。
徐々に唐揚げを噛み締める力が弱まっていく。さっきまで口いっぱいに広がっていた味がしなくなっていた。代わりに、苦々しいものが胸の奥から込み上げてくる。
私、最低だ――。
今度は『俺』が陸太を支えよう、て思ってたのに。私……また、陸太に頼ってる。まだ、なよっちいままだ。
「あのさ、カヅキ――」
ふいに、怪訝そうな声が隣から聞こえ、ハッと我に返ると、
「顔、変だぞ」
「え……」
振り返れば、陸太がメガネの奥で疑ぐるように目を薄めて、こちらを見ていた。
「へ……変って……」
「唐揚げ食ってる顔じゃない、つーか……」キャップの上から頭を掻き、何やら口ごもってから、陸太は諦めたようにため息吐いてはっきりと言い放った。「お前、なんか元気無くね?」
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