第14話 信じるもの
「樹さん……あの、すみません……! 指一本というのはちょっと……なんというか……」
たちまち、しどろもどろになる俺に、樹さんは勝ち誇ったように笑み、ちらりと典子さんを見やった。
「ほらな。狼狽えてる。やましいこと考えてたんだよ」
「当然じゃないですか。男子高生ですよ? やましいことしか考えてませんよ」
典子さんは冷え切った表情でぴしゃりと言った。語弊がある……気がしなくもないけども、おそらく、俺をかばってくれているんだろう。
「樹さんだって、このくらいの歳のときは、二股三股かけて遊びまくってたんでしょう」
「三股はないから!」
二股はあるのか……。
「とにかく」と、樹さんは気を取り直すように言って、再び俺のほうへ鋭い視線を向けてきた。「いいな!? 指一本触れんなよ! カヅのこと幸せにするって言うなら、それくらい我慢してみせろよな」
「いや……あの、ちょっと待ってください!」
「
そう言ってニッと浮かべた笑みは、それまでの刺々しかった雰囲気とは一転。子供みたいに悪戯っぽく無邪気で。年上だというのも忘れてしまうほど愛くるしくて。やっぱり、香月と重なって――俺は腹を立てることすらできず、何も言い返せなくなってしまった。
そうして黙り込んだ俺の様子に満足したのか。樹さんは「じゃあな」と鼻歌でも歌うかのように楽しげに言って、典子さんと共に出て行った。
まるで、今の今まで立ち込めていた一触即発の張り詰めた空気が嘘のようだった。
気が抜けるほどにあっけなく平穏が戻ったリビングで、え……と、俺は一人、呆然と佇んでいた。
つまり――何? どういうこと……!?
俺、香月のお兄さんに……『カノジョのお兄さん』に身体的接触を禁じられたってこと? それは、どれくらいの拘束力があるもんなんだ? つい、『はい』って言っちゃったけど……同意したことになってんの? 契約成立……みたいな? じゃあ、どうなんの!? もう今日は香月には触れられない……のか? あの続きをしよう、て香月は今、部屋を片付けてるわけだけど……指一本触れられないなら、指切りすらできないわけで――!?
「カレシくん」
愕然として立ち尽くしていたとき、するりとそよ風の如く典子さんの声が流れ込んできて、俺はハッと我に返った。
あれ、と見やれば、出て行ったはずの典子さんがスタスタとリビングの中へと入ってくるところだった。
「どうかしたんですか?」
「忘れ物した――てことにして、樹さんには先に車に戻ってもらったわ」
さらりとセミロングの黒髪を耳にかけ、典子さんは俺の目の前まで来るとぴたりと立ち止まる。そして、ぼうっとした眼差しながら、じっと食い入るように俺を見つめ、
「大丈夫よ」と典子さんは俺の肩に手を置いた。「優希さんと真幸さんは、それはもう非の打ち所のない素晴らしい方々だから」
「いや……何を慰めに来たんですか!?」
「だからこそ、樹さんはあんなに捩じくれちゃったのかもしれないけれど……」
俺の問いかけなど当たり前のようにスルーして、典子さんは物憂げに呟いた。
なんだ? なんなんだ? 樹さんが捩じくれちゃったって……なんで、そんな話を俺にするんだ!? それをわざわざ、言いに戻ってきたのか? 樹さんに嘘まで吐いて……?
典子さんの意図が全く読めず、目を瞬かせていると、「ただ――」と典子さんは俺の肩から手を離し、神妙な面持ちで言った。
「樹さんが捻くれてるから……てだけではないと思うの。樹さんは極端なほうだとは思うけど、世間なんてああいうものよ。皆、勝手な思い込みや憶測で、自分の中で真実を作り上げて信じ込む。結局のところ、真実なんて人それぞれで、人の数だけ真実がある。そういう世の中だから、何を信じるか、自分でしっかり見極めていきたいものね」
「は……はい?」
「つまりね、陸太くん――」
わずかに口許に笑みを浮かべ、典子さんは俺のほうへ右手を差し出してきた。
「私は、樹さんの話よりも君の言葉を信じるわ。だから、スマホ貸してくれる?」
*先日、いただいたレビューで百件を越えました。完結目前で百人の方からレビューをいただけたこと、本当に嬉しく思います。ありがとうございます。あと少しとなりましたが、最後まで見届けていただければ大変嬉しく思います。
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