第11話 真実②
典子さん――!?
そりゃ、樹さんが帰ってきたんなら、典子さんも帰ってきてるのは当然。帰りは典子さんが運転を代わって戻ってきた、て樹さんも言ってたんだし。典子さんも居るだろうことは分かってはいたけど。まさか、このタイミングで入ってくるなんて……!
また会いましたね、なんて言える余裕もなく、愕然としていると、典子さんは俺と樹さんを見比べるようにして、「ああ……」と納得したような声を漏らした。
「二人きりで……会っちゃったのね」緊張感のない声でぼんやり呟き、典子さんはとろんと垂れた目で俺を見てきた。「ごめんなさいね、カレシくん。財布を取りに戻る、てカヅちゃんに連絡は入れておいたのだけど。デート中はスマホを見ない主義なのかしら。せめて、既読になっているかどうか、確認すべきだったわ」
スマホ……と聞いて、ハッとした。
最後に香月がスマホをいじっているのを見たのは、映画を観る前に電源を切ったときだ。あれから、香月がスマホをリュックから出すところさえ見ていない。
つまり、香月は見逃してたんだな。家に二人が帰ってくる、ていう典子さんからの連絡を……。
「カヅちゃんは?」と小首を傾げる典子さんに、俺は動揺しながらもなんとか「今、部屋で……」と答える。すると、
「仕込み中?」
「仕込み……!? いや、片付け……」
「ちょっとストップ!」
突然、空気を裂くような鋭い声が俺たちの会話を遮り、ズカズカと荒々しい足音が近づいてきた。ぎくりとして振り返れば、
「こいつ……こいつが、カヅのカレシ!? 陸太とかいう奴!?」
樹さんが血相変えて歩み寄ってきて、びしっと俺を指差した。
もうだいぶ手遅れな気がするが、今からでも名乗らなくては――と口を開こうとした俺の背後から、「そうですよ」とけろりとした典子さんの声が、またしても滑り込んでくる。
「私が来るまで、一緒にいたんじゃないんですか? 今まで誰だと思ってたんですか?」
「か……カヅの知り合いだと思ってたんだけど、様子がおかしいから……カヅのストーカーか何かかと疑い始めてたところで……」
「カレシよりもストーカーの可能性が先に浮かぶあたり、これまでの樹さんの女性遍歴が伺えて同情します」
「いや、今、同情しないで」ひきつり笑みで典子さんに言ってから、樹さんは嫌悪感もあらわに俺をちらりと見た。「なんで……のんちゃんは、こいつのこと知ってんの? 会ったことあったの?」
「今日です。ここに来る前に駅で偶然、会ったんです。私たちは出かけるから、良かったら二人で家でゆっくりしたら――て、そのとき、カヅちゃんに伝えたんです。だから、こうして来た……のよね、カレシくん?」
急に話を振られ、忙しなく振り返る……が、またしても返事をする暇もなく、「ええ!?」と素っ頓狂な声が飛んできた。
「なんでそんなことすんの!? のんちゃん、俺……伝えといたよね? こいつ、カヅを騙してるクソ野郎だ、て……」
「確かにそう聞きましたけど、樹さんが言ってたほどのクソ野郎とは思えなかったので」
全くもって感情の伺えない、ぼうっとした顔で俺を見つめて冷静に言い、典子さんは「ね?」と口元だけにうっすら笑みを浮かべた。
「ちょっと近づいただけで、顔真っ赤にして、迷子みたいに狼狽えちゃって。あれも演技だと言うのなら、名優だわ。ぜひともうちの映画に出てもらわないと」
「え……」
ぽかんとしてから、ハッとする。
そうだった。俺……駅でいきなり、典子さんに詰め寄られたんだ。
会うなり急接近されて、俺はつい、胸元をチラッと見てしまって……慌てて典子さんから目を逸らした。そのときだ。別に、そこまで『クソ野郎』には見えないけど――って典子さんがひっそりと呟いたのは。
ようやく、繋がったような気がした。
今さらながらに、あれが空耳でも俺の聞き違いでもなかったことを悟った。そして、その『クソ野郎』の出所も分かった。樹さんだったんだ――樹さんから、俺がクソ野郎だ、て聞いて……それで、あのとき、典子さんは俺を試したんだ。
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