第8話 続きは……
さっきの続き――そう言われただけで、さっき触れられた脇腹がぞわっと粟立つようだった。快感を覚えた体が勝手に期待でもしてしまうかのように。
今だって。ジーンズ越しではあるが、そっと手を置かれている太腿が熱を帯びていくのを感じる。
焦燥感にも似た渇望が湧き上がってきて、今にも溢れかえりそうだった。
さっきの続き……したくないわけがない。もっと触れて欲しい。香月の感触をもっと味わいたい。体中で――なんて思ってしまうから。
身の内に溜まった熱を逃がすように深く息を吐き、
「香月。これ以上は、まずい……んじゃないのか」と平静を装って言う。「ここでは」
「ここでは?」
ぽかんとしてから、香月はハッとして身を引いた。香月の手が離れ、途端に太腿が寂しいほどにうすら寒く感じてしまう。惜しいことをしたんじゃないか、という気持ちはやっぱり残る……が。
「そっか……まだリビング……!」
かあっと顔を赤らめ、香月はあたふたとし始めた。
――そう……なんだよな。酸欠で冷静になってみれば、ここはまだリビングで。ソファの傍らにある窓からは燦々と眩い光が注ぎ込み、その向こうには――住宅街で交通量は少ないものの――香月ん家の前の通りを行き交う車がしっかり見える。通りと家の間にフェンスと庭があるとはいえ、フェンスの隙間は大きく、目隠しの役割は大して果たしていないし、庭は小ぢんまりとして、そこまで通りとの距離があるわけでもない。カーテンも閉めていないし、人が通りがかれば、こっちが見える可能性は大いにあるわけで。まあ、そうでなくても……だ。家族の憩いの場であるリビングでこれ以上のことをするのは、相当な背徳感がある。それを楽しめるような性癖は俺にはないし、香月だって無いだろう……と思う。
「そうだよね……気まずいよね!?」思いつめた表情を浮かべ、香月はぱんと両手を合わせた。「また、勝手に突っ走った。ごめん!」
「いや、先にキスしたのは俺のほうだし、お前が謝ることじゃ――」
「部屋、片付けてくる!」
「は……? 片付け?」
いきなり、なんだ?
「もともと、そのつもりだったんだ」と頰を赤らめながら、合わせた両手の向こうで気まずそうに香月は視線を逸らした。「今日、陸太が来ると思ってなかったから、部屋、散らかってて……だから、片付けている間、リビングで涼んでてもらおうと思ったの。それが……つい、気持ちが高ぶって……我慢できなくなっちゃって」
我慢できなくなっちゃって……て、その言葉だけで胸がぐっと締め付けられる。それだけで、抱きしめたくなって……。単純というか、アホというか。我ながら呆れるけども。
「急いで片付けてくる」慌てたような早口で言って、香月は颯爽とソファから降りた。「テレビでも好きに見てていいから」
「あ……ああ」
間の抜けた返事をして、あっという間に出て行く香月の背を見送り……バタン、と閉められた扉をしばらく眺めた。
そして、
テレビとか……見る気分になんてならねぇけど!?
香月が階段を上る足音が聞こえてきて、それにつられたように心臓の鼓動が早まっていく。
さっきまでは勢いもあって、深く考えている暇もなくて。酸欠になるまでは、本能にされるがままになっていたから、状況をよく理解できていなかった。それこそ、ここがリビングだということさえ忘れるほどに。
でも、今は……。
リビングにぽつんと一人残され、嫌という程冷静になってしまう。そして、たちまち、緊張がこみ上げてくる。
あの続きをこれからするのか? 香月の部屋で? それって、つまり――。
顔がぼっと熱くなった。うわあ、と叫びそうになって、いても立ってもいられなくて、走り出したくなってくる。
まずい。
今日、こんな事態になるとは思ってもいなかったから、何の準備もしてない。段取りとか作法とか手順とか……何も調べてない。どういうことをするのか知識はあるが、全てフィクションから学んだものなわけで。どこまで実践に通用するのか分からないし、下手したらドン引きされかねない。性癖丸出しになってドン引きされた挙句、「大丈夫だよ」とか苦笑いで慰められた日には立ち直れない気がする。
ってか、付き合って、二ヶ月で……いいのか? もしかして、俺、期待しすぎてる? 香月はそこまでするつもりはないのかもしれない。イチャイチャしたい、て言ってただけだし。
落ち着け――と、一人、ソファに座って深呼吸する。
とりあえず、今のうちに『初めて イチャイチャ』でググろうか……なんて思ったときだった。
ガチャ、と扉が開く音がして、ぎょっと飛び跳ねた。もう片付け、終わったのか!? と血相変えて振り返って、
「あれ、なんで――」
惚けた声が漏れていた。
そこにいたのは、今やもう懐かしい姿の――『カヅキ』だった。さらりと長めの髪に、鋭い眼光を放つ聡明そうな目。その顔立ちは品良く賢そうで、それでいて愛らしさも持ち合わせ、まさに王子様そのもの。キラキラ輝くオーラが、金粉のごとく、その周りを舞っているような気がしてくる。すらりとして背も高く、だらしない印象のゆるめのTシャツに細身のジーンズが実に様になって、ただ立っているだけで雑誌の切り抜きでも見ているような気分になる。
あまりの懐かしさに感動さえ覚えながらも、困惑していた。部屋に片付けに行ったはずなのに……なんで、『カヅキ』の格好なんてして降りてきたんだ?
虚を衝かれ、声も出ずに唖然としていると、『カヅキ』は長い前髪を掻き上げながら、険しく眉根を寄せ、
「なんだ、お前? 空き巣か?」
と『カヅキ』らしからぬ不機嫌極まりない声で言った。
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