第6話 指切り
指切り……って、指切りげんまん!?
まさか、高校生になってやることになるとは。キスとはまた違った気恥ずかしさがある。
別に、指切りまでしてもらうことはなかった。香月が「約束する」と言ってくれたらそれで十分だった。しかし……小指を立てながら健気に待つ香月に、「指切りはいいや」なんて言えるはずもなかった。
ただ、お互いの小指を絡めるだけ。五本全部絡める恋人繋ぎよりもずっと難易度は低いはずなのに。俺は躊躇いまくって、「小指立てるの苦手だっけ?」と香月に心配される始末。
でも――。
きゅっと絡めた小指を眺め、子供みたいに弾んだ声で「指きりげんまん……」と懐かしい歌を口ずさみ始める香月を見ていたら、心が和んでいって、あっという間に照れは吹き飛んでいた。
不思議だった。
小指を繋いでいるだけなのに。彼女と繋がっている――というその実感だけで、満ち足りた気分になっていく。離したく無い、とすら思って、つい苦笑してしまった。
やがて、全部歌い終わると、香月は俺を見つめて、愛らしくふわりと微笑んだ。
「大丈夫だよ」と、さらに強く小指を絡めながら、香月は鼓膜を撫でるような優しげな声で言う。「私は、約束は絶対に守る。陸太は私を信じてくれればいい。嫌なときは嫌、てちゃんと言うから――だから、大丈夫」
ああ――て言葉が声になったのか分からなかった。どっとこみ上げてくるものがあって。あまりに胸がいっぱいになって。
大丈夫だ、て香月の言葉には、いつも不思議な説得力があった。一瞬にして心を鎮まらせてしまうような、そんな響きがある。香月にそう言われるだけで、大丈夫な気がしてくるんだ。
単純だな、て我ながら呆れるけど……それだけで、ホッとしてしまう。
香月の言う通り。俺は香月が『嫌だ』と言えば、絶対にしない。香月が嫌がることを無理やり……なんて――たとえ、それができるとしても――絶対にしない。肉体的なことでも、精神的なことでも。それは自信を持って言える。
でも……もし、言われなかったら、俺はきっと分からない。香月が嫌がっていることに気づいてやれる自信が無い。無理していることを察してやれる自信が無い。だから、怖かった。また、我慢させてしまうんじゃないか、て。知らないうちに傷つけてしまうんじゃないか、て。これまでだって、散々、俺は香月が苦しんでることに気づきもせずに、のうのうと隣にいたんだ。女だ、てことさえ、気づいてやれずに……。
でも、これでようやく安心できた。
この約束を……香月を信じていればいい。それは俺にはすごく簡単なことだから。
「もう……怖くない?」
小首を傾げ、少し遠慮がちに問われ、俺は降参するように力なく笑いながら「ああ」と今度はしっかりと答えた。
すると、香月はホッとしたように目を細め、
「じゃあ……陸太も、嫌だったらちゃんと言ってね」
「ああ――」と答えかけ、ハッとする。「いや、だから、俺は別にお前に何されたっていいって……」
その瞬間、くん、と繋いだ小指が引っ張られた。それと同時に、もう一方の香月の手がするりと首筋に滑り込んできて、ひやりとする。ハッとしたときには、香月の顔が目の前にあって、唇には暖かな温もりがした。柔らかくて瑞々しくて……それは、ついさっき味わった感触と全く同じ。でも、優しく甘噛みでもするように重ねてくるその感覚は、さっきとは全く違くて――。
「ん……!?」
キス――はキスなんだろうけど。なんだ、これ? 何か……違う。
まるで貪るように激しく、ねっとりとして湿っぽく、執拗に責め立ててくるような。脳まで溶かされていくような刺激だった。
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