第16話 ゴロゴロ

 一緒に……ゴロゴロ?

 ああ、そういうことか――と、俺はゆっくりと振り返り、


「懐かしいな、そういうの」と照れ臭くなりながら言った。「『男』だと思ってたときはよく一緒にゴロゴロしてたもんな。ぐうたら漫画読んだり、ゲームしたりして。樹さんの部屋だったけど」


 すると、俺の手を両手で包み込んだまま、香月は「へ」と目をぱちくりさせた。


「陸……太……? もしかして、分かってない……?」

「分かってないって……何が?」


 聞き返しながらも、「そういえば……」とふいに気づいて、


「樹さん、今日は家にいるんだよな!?」と香月の返事も待たず、勢いよく訊ねていた。「ようやく会えるのか」

 

 香月とは十年の付き合いだが、家族とは一人も会ったことはない。きっと、香月が故意にそうなるように仕向けてきたんだろうが……もう『男』のフリもやめて、今じゃ恋人になったんだ。そろそろ家族にも会わせてほしい、と思っていた。特に、樹さんは……香月が男のフリをしていたとき、相談相手だったみたいだし、俺は散々、部屋でくつろがせてもらっていたんだ。ちゃんと挨拶くらいはしておきたい。

 当然、『カノジョのお兄さん』に会うなんて緊張はするが……ずっと話に聞いていた香月の兄ちゃんに会えると思うと、興奮のほうが優った。

 しかし、香月はと言えば……。気のせいか、ムッとしたような表情で視線を逸らし、ぼそっと言う。


「いない」


 いない……?


「え……でも……典子さん、樹さんに会いに家に行ったんじゃないのか?」

「お昼食べたら、二人でドライブがてらアウトレットに行く、て。駅で会ったとき、典子さんに聞いた」


 駅で――その言葉にざあっと脳裏に蘇ってきたは、別れ際にこそっと香月に何かを囁きかけていた典子さんで。キラリと頭の中で何かが煌めいたようだった。ハッとして、「あのときか……!」と思わず呟いていた。

 二、三言、短く香月に伝えていたようだったが、デートの予定を伝えていたのか。

 そういうことか、とスッキリと納得しかけて……あれ、と違和感を覚える。それじゃあ、チラ見はなんだったんだ? 典子さんに何かを囁かれたあと、香月は俺に意味深な視線を送ってきて……だから、絶対に俺の話だろう、と思ったのだが。

 思い過ごし……というか、自意識過剰? また、俺の勘違い……だったんだろうか、と思い始めたとき、


「今日は、うちの親、どっちも遠くの現場行ってて……帰ってくるの、八時過ぎなんだ」と香月は視線を逸らしたまま、どことなく自信無さげに続けた。「それまでは帰って――て、典子さんが言ってくれたの。『高校生は時間も場所もなくて大変でしょう』って……譲ってくれたんだ、時間と場所」


 時間と場所を……譲ってくれた? その意味がよく理解できず、俺は惚けてしまった。

 すると、緊張したような浅い息を吐き、香月は強張った表情で俺を見つめてきた。

 ほんのりと頰を染め、何かを訴えかけるような熱を帯びた眼差しを向けられ……つい、反射的に体の中で蠢くものがあって。思わず、身構え、ごくりと生唾を飲み込んでいた。 

 そんな俺に、香月は「だから」と縋るように言い、ぎゅっと俺の手を両手で強く握りしめてきた。


「もし、陸太が本当に嫌じゃないなら――い……イチャイチャというものを、してみませぬか」


 武士か。

 ど真面目な顔して、どんな噛み方してんだよ、て吹き出しそうになって……ハッとする。


 いや、待て。

 今、明らかに武士が絶対に言わないようなことを……言ったよな?


 わいわいと賑やかに通り過ぎていく人だかりの中、俺と香月だけ時が止まったかのように静止して見つめ合っていた。そうしてしばらくして、俺はようやく香月の言葉を理解して、ぶわっと顔が赤く染まるのが分かった。


「いちゃっ……!?」


 ぎょっとするなり、俺は目を見開き、素っ頓狂な声を上げていた。

 もしか……しなくても。いちゃいちゃって……イチャイチャか? ゴロゴロって……そういうことか!?

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