第10話 擬音語クイズ
「遊佐は……」と気を取り直し、俺はスクリーンを睨みつけながら重々しく答える。「前に進まなかった」
「え。なに、それ?」
「不思議な現象だった。あんなの見たことない。物理学的におかしい」
「そんなになんだ?」
苦笑しつつ、そっか、と悩ましげに相槌打って、隣で香月は腕を組み、
「菜乃とのデートまで、まだ時間あるよね。今度は私も一緒に教え……」
言いかけた香月を、「やめとけ!」と慌てて遮っていた。
「遊佐には悪いが……あいつはもう間に合わない。カブちゃんでもどうにもならなかったんだぞ。お前じゃ無理だ」
「無理って……はっきり、言い切ってくれるなぁ」心外だ、と言わんばかりに、香月は少しムッとしたように眉根を寄せた。「そりゃ、カブちゃんほど、教えるのうまいとは思わないけど……私だって、一応、ちゃんと滑れるし」
「ちゃんとどころか、すげぇ筋が良い――て、監督からも言われてただろ。初っ端から」
「へ……」
俺の返答があまりに意外だったのだろう。香月はぽかんとして目を瞬かせた。
覚えていない……わけじゃないよな。この惚けた反応は、『なんのこと?』というより、『それがなに?』って感じだろう。
「お前もヨシキも、初めからちゃんと滑れてただろ。『滑れなかった』記憶なんてないんじゃないか?」
「まあ……うん。そうだけど」
「だから、な。たぶん、お前は最初から、感覚だけで滑れちゃってるんだと思うんだよな。頭で理論とか原理まで考える必要もなく……さ。そういう、感覚だけで出来る奴って、人に教えようとすると擬音ばっかでワケ分からないことになる――気がする」
疑るような目で見つめながらそう言うと、香月は「そう……かな?」とまだ納得いかない様子で首を傾げた。
こういうときは、論より証拠……だよな。
「じゃあ、試しに」と俺は苦笑しながら軽く言う。「お前、どうやって滑ってるか言ってみ」
「それは――!」
意気込んで答えようとした香月だったが、すぐに言葉に詰まり……みるみるうちに表情を強張らせていった。そうして、気まずそうにちろりと視線を逸らすと、ぼそりと言う。
「シャッて滑ってスイッて感じ……」
「ほらな」
「なるほど」
観念したように、香月は、はは、と乾いた笑いを漏らした。
ずば抜けたバランス感覚というか、センスというか――。ヴァルキリーに入ったその日から、スケートは初めてだ、とコーチに言いながらも、香月はすいすいと滑って、尻もち一つつかなかった。コケる俺たちを尻目に、涼しげに滑るそいつを見て『すげぇ』って素直に感心したのを覚えている。
だからこそ……気になったんだよな。
明らかに俺らの誰よりもうまく滑れてんのに、いつまでも自信無げにして、監督やコーチと話すときも声は小さくて……『なんなんだ、あいつ?』って気になって、話しかけたんだ。――それが、全てのきっかけだったわけだけど。
結局、そのあともしばらくはモジモジしてて、自分からは皆の輪に入ろうともしなくて……。そういえば、いつだったか、聞いたことあったな。『なんで、皆のとこに行かないんだよ』、て。そしたら、香月は――なんて言ったんだっけ。
あれ……と、ぴたりと思考が止まってはたりとした。
あのとき、香月と何を話したんだっけ。
隣に座って……何かを話した記憶はある。でも、何か思い出せそうな感覚があっても、出てこなくて。必死に捻り出そうとしていると、ふいに「あ」と思いついたような香月の声がして、
「じゃあ……ギュッてして、うにうにって感じ――かな」
なんだ、いきなり!?
ぎょっとして振り返り、
「な……なんだ、それ? なんの擬音だ?」
「なんだろうね?」と香月は横目でじっと俺を見つめ、意味深にほくそ笑む。
なんだろうね、て……なに? クイズか?
ギュッてしてうにうに? とりあえず、ぎゅっと両手で拳を握りしめてから、うにうにっぽい感じで指を動かしてみる……が、パッとしない。
「スティックの握り方……?」
ぼんやり言うと、隣で香月はクスクス笑った。
「笑うくらいなら、答え教えろよ」
「ね。――今すぐ、教えたいなぁ」
ね、てなんだよ。思わせぶりな……。
お前な――と言おうとしたときだった。「そろそろ、映画も始まるよね」とけろりとして話を変え、香月は膝に乗せていたミニリュックからスマホを取り出した。
「電源、ちゃんと切っておかないと……」
呟きながら、スマホを手にした香月だったが、画面を見るなり、「え」と目を丸くして、電源を切るどころかスマホをいじりだした。
怪訝そうに眉根を寄せ、画面をじっと見つめる香月。徐々に険しくなるその横顔に胸騒ぎを覚え、「どうかしたか?」と訊ねると、
「カブちゃんからLIMEが来たんだけど」と香月はぼんやりとした口調で切り出して、ゆっくりとこちらに振り返った。「陸太のこと、心配してるみたい。気まずくなってないか、て……」
「へ……!?」
「何かあった?」
心配そうに表情を曇らせ、おずおずと訊ねてきた香月に、俺は答えられるわけもなく固まった。
カ……カブちゃん!? なぜ、そんなことを香月に言う……!? 気遣いはありがたい。ありがたい……けども。相変わらず、情報漏らしすぎだよ!?
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