第10話 カノジョ
言っておきたいこと……? 爆発についてか?
「なんだ?」
向かい合って訊ねると、香月は神妙な面持ちになって一呼吸置き、
「昨日ね」と緊張の伺える強張った声で切り出した。「氷上練習見に行って……護たちのプレー見てて、やっぱりカッコいいな、て思った。胸が熱くなって、私もリンクに立ちたくなって……無性に陸太が恋しくなった。それで、思い知ったんだ。私は陸太もホッケーも好き。子供の頃からずっと。――だから、どっちも欲しい」
うお……と思わず、ぐらつきそうになった。
いきなり、なんつーことをどストレートに言うんだ。こっちの身にもなれ、と文句を言ってやりたくなった。欲しい――なんて……ノーガードの鳩尾に思いっきり鉄球でも打ち込まれたような気分だ。
あまりの威力と衝撃に息が止まり、頭までクラクラしてくるようで。もはやKO寸前で立ち尽くす俺に構わず、「これから……」と香月は容赦無く続ける。
「ホッケーを始めたらいろんなことが変わっていくと思う。練習は夜遅くまであるし、学校生活にも影響は出てくると思う。今まで以上に勉強もしなきゃいけない。部活も続けたいけど無理かもしれない。ホッケーは楽しみだけど……これからどうなるか、まだ全然分からなくて怖いくらいで。でも、だから……だからこそ、陸太に傍にいて欲しい」
確固たる意志を感じさせる凛とした声でそう言い切って、香月はふっと微笑んだ。部屋に満ちる夕陽の柔らかな橙色の光によく映えるような――それは暖かく穏やかで、見ているだけで優しさに包み込まれるような、そんな笑みだった。
そうして、香月は清々しいほどになんの他意も感じさせない声色で言い放つ。
「陸太は――ホッケーのことは嫌いのままでいい。これからもホッケーの話はしなくていい。今まで通り、傍にいてくれたら……それだけでいいんだ。それだけで、私はなんでもできる気がする」
ハッとした。
だから、陸太は心配しないで――とでも続きそうなその言葉に、ああ、そうか……と話が読めた。それで、呆れた。そういうとこは、まだ『カヅキ』のままかよ、て。
『理想の親友』辞めても、まだ俺を甘やかす気か。
「呼び止めてごめんね。ホッケー始める前にちゃんと伝えておきたかったんだ」安堵さえ伺えるような、すっきりとした声でそう言って、香月は「さて」と気を取り直すように微笑んで歩き出した。「おばちゃん、待たせちゃってるよね。お礼もちゃんと言いたいし、私も一緒に肉まん取りに行くね」
いや。おかしいだろ。
さらりと髪をなびかせ、横を通り過ぎていく香月に、思わず、「それだけでいい、てなんだよ」と吐き捨てるように呟いていた。
屈辱にも近い――歯痒いような憤りを覚えていた。
ぐっと拳を握り締めて振り返り、「え」とぴたりと立ち止まったその背中に「なんで、そこで遠慮すんだよ」と言い募る。
「勉強なら俺でも手伝える。うちからリンクは近いんだし、練習前に来て勉強して行けばいい。仮眠して行ったっていい。マッサージだっていくらでもしてやる。筋トレでもジョギングでも何でも付き合う。それくらい甘えろよ。カ……カノジョ、なんだろ」
大事なところで噛んでしまったが……仕方ない。カノジョ――なんて、俺にとっては今までゲーム用語みたいなものでしかなかったんだ。全く口に馴染まなくて、言い終えたあともまだ違和感が口の中に残っている感じすらある。
俺はごまかすように咳払いしてから、「俺だってな」と少々ムキになりつつ続けた。
「子供の頃から好きなんだ。お前もホッケーも。だから、お前がホッケーやるっていうなら何だって協力する。お前がまたホッケー始めるなら、練習だって見に行くし、試合があれば応援に行く。俺はお前のプレーだって、ずっとカッコいいと思って……好きだったんだ」
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