第4話 理想と現実①
え――と俺は声も出せずに惚けてしまった。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
だって……『私も好きでしたよ』って、それじゃ、つまり……あのとき、俺らは……両思いで――。
まるで、脳みそを直に揺すぶられたような……そんな衝撃だった。
そして、「で……!?」と、必死に急かす声がどこからか聞こえてくるようだった。
両思いだった、て分かって……で、どうすりゃいいんだ!? 俺は、なんて言えばいいんだ?
やったー、て言うの違う気がするし、まじで!? て言うのも軽すぎだろうし、そうだったんだ、て言うのも呆気なさ過ぎて冷たい感じがする。
分からん。どうすりゃいいんだ。この状況で、俺はなんて言えば……?
頭の中ではあれやこれやと煩いほどに叫びながらも、一言も発せずに固まっていると、
「なーんて」と絢瀬は突然、ニッと笑って、「そんなこと今さら言ったところで、なんの意味もないですよね。今、センパイが好きなのは、香月さんですもんね」
「え……」
ちょ……待っ……え!? 今度は、何て……!?
「センパイって、ほんと分かりやすいですよね〜。この前の合コンの様子見てたら、すぐに分かっちゃいました」
「合コンの……様子……!?」
「香月さんのこと、見過ぎですよ、センパイ」
晴れやかに朝の挨拶でもするような、とびっきりの笑顔で絢瀬はさらりと言った。
見……見過ぎ……? 見過ぎって……どういうこと? そんなこと、ある? そんな……見てた!?
愕然として、瞬きも呼吸すらも忘れて硬直する俺に追い打ちでもかけるように、「愛おしさが目から溢れてましたよ」と絢瀬はけろりとして続ける。
「すぐに、好きなんだな、て分かっちゃいました。香月さんが日比谷くんの隣に座って話してるの、それはもうすごい切なそうに見てるし、端から見ていて居たたまれなくなるくらいで――」
「もうやめてくれ、絢瀬!」
ひいー! と悲鳴を上げそうになった。
顔が今にも爆発するんじゃないかというくらいに熱い。
恥ずかしすぎる。惨めすぎる。なんというか、もう穴が無ければ掘ってでも入りたいレベルだ。
「まじか……まじか……」ぶつぶつ言って、俺は頭を抱えて項垂れた。「そんなにあからさまなのか、俺は……? まさか、もう皆にもバレバレとか……!?」
「あ……いえ、それは大丈夫だと思いますよ! あのとき、部屋は暗かったし、皆、それぞれ楽しんでたし、誰も気づいてないと思います。ただ、私が――」
羞恥のあまり、我を忘れて狼狽まくる俺に、慌ててフォローを始めた絢瀬だったが、はたりと言葉を切った。そして、躊躇うような一つの間があってから、
「私は私で……センパイのこと、見過ぎ、てことなんでしょうね」
その声はか細く、聞き漏らしそうなほどで。輝かんばかりに自信に満ち溢れ、天真爛漫で明朗快活――そんな絢瀬らしからぬ、危うい感じがした。
まるで、今にも泣き出すんじゃないか、とさえ思えて。
咄嗟に顔を上げるや、ばちりと絢瀬と目が合った。
氷みたいに透き通るようなその瞳が、冷静に俺を見つめていた。幼げな顔立ちに浮かぶのは、溌剌として無邪気な笑み――とは程遠く、覇気のない弱々しい笑みで。気怠げにさえ見えるその笑みは艶めかしくもあって、急にぐっと大人びたように見えた。
「あの合コンで思い知りました」と、俺を見つめたまま、弱々しくもはっきりとした口調で絢瀬は口火を切る。「センパイはもう私のことなんて見てないんだな、て。そしたら、虚しくなって……気づいちゃいました。センパイは、もう私が好きだった笠原くんとは違うんだ、て」
しんみりと寂しげにそう言って、絢瀬はぎこちなく笑った。
「だって、もう……こうして目が合っても逃げ出したりしませんもんね」
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