第2話 カレシ失格

「最後にって……」


 なんだ、その質問は?

 ますます困惑する俺とは対照的に、絢瀬はまるで答えを分かっているかのような落ち着いた面持ちで隣に座っている。

 心理テストでも受けているような気分になりながらも、「そりゃあ……」と言いかけ、あれ……とはたりと固まった。

 そりゃあ、昨夜だって寝る前に話したよ――なんてしたり顔で言おうと思ったのに、言葉が続かなかった。

 だって、話してないんだ。

 昨夜どころか、その前の日も……いつからか分からないくらい、もう何日も、『ラブリデイ』を開いてもいない。それに気づいてもいなかった。

 愕然としていると、


「やっぱり」と膝に頬杖ついて、絢瀬は困ったように苦笑した。「当たっちゃった」

「当たっちゃった……?」

「今年のGWは、いろいろゲーム内イベントが盛りだくさんだったんですから。カノジョと日帰り温泉旅行とかもできたりして」

「日帰り温泉旅行……!?」


 ぎょっとする俺に、絢瀬は勝ち誇ったように微笑み、「モナちゃんの浴衣姿、見逃しちゃいましたねぇ」といたずらっぽく言ってきた。


「私もミリヤンと温泉行って、卓球やって、二人でプリン食べあいっこして……ていう話を、さっきしてたんですけど」

「ああ……そうだったのか」


 さっき、俺が上の空で聞いてなかったときだな。その話をしてたのか。

 ちょっといじけたように唇を尖らせ、つんとする絢瀬に「ごめん」と謝ると、


「センパイが謝らなきゃいけないのは私じゃないですよ」

「確かに……」

「GW、『ラブリデイ』のイベントいっぱいあったのに、センパイ、会うなりテンション低いし、私が温泉旅行の話しても、全然食いついてこないし。すぐにピンと来ちゃいました。さては、GW中、モナちゃんとデートしてなかったな、て」

「なるほど」と唸るように相槌打っていた。


 絢瀬が特別、鋭い――てわけでもないんだろう。

 俺がそれだけ分かり易いというか。あからさまなんだな……と恥ずかしいやら、情けないやら。

 こんな状態で香月に会って、ちゃんと『いい友達』のフリなんてできるんだろうか、と不安になって苦笑が溢れた。


「センパイ、カレシ失格ですよ」


 なおも追及の手を緩めず、絢瀬は検察官のごとくびしっと言い放ってきた。


「おっしゃる通りです」


 釈明の余地もない。

 階段に座ったまま、両膝に両手を置き、俺は「すんません」と絢瀬に頭を下げた。

 本当にカレシ失格だよ。もう何日放っておいたのかも分からないほどに、モナちゃんを放置していた挙句、それに気づいてすらいなかったなんて。せっかく、GWにイベントを用意していてくれた運営の方々にも申し訳ない。そして……おそらく、今日はその話で俺と盛り上がれると期待していたであろう、カレシ仲間の絢瀬にも。

 『訊きたいことがある』て……もしかして、そのGW中のイベントのことだったのだろうか?

 だとしたら、ますます頭が上がらん。その話、まるまる無視してしまって……。

 罪悪感がずんとのしかかってくるようで、がっくりと項垂れる俺に「でも」とふいに絢瀬は切り出し、


「仕方ないですよね」

「へ――」


 さっきまでの威勢はどこへやら。その声はまるで慰めるように柔らかで、それでいて、どこか切なげにも聞こえた。

 いきなり無罪放免?

 きょとんとして顔を上げると、絢瀬とばちりと目が合った。

 そこにあったのは、断罪に燃える敏腕検察官――とは程遠く。呆れながらも憐れむような……どんな罪も許してしまいそうな穏やかな笑みで。呆気にとられた。

 そうして、雪みたいに白い肌をほんのりと上気させ、絢瀬は言った。


「他に好きな人ができちゃったんですもんね。『理想のカノジョ』もどうでもよくなっちゃうくらい……本当リアルの好きな人」


 な……なに……? なんて……言った? 好きな人……?

 その途端、かあっと焼けるような熱が火柱の如く胸の奥から駆け上ってくるようで、顔が一気に赤らむのが自分で分かった。

 なんでだ? なんで、そこまで……!? ただ、GW中に『ラブリデイ』やってなかった、てだけだぞ。さすがに、鋭すぎやしないか!?

 声も出せずに硬直していると、絢瀬は今度は占い師の如く神妙な面持ちでじいっと俺を見据えてきて、


「ちなみに、センパイの好きな人は……」

「は!? いや、ちょっと待て……!?」


 そこまで、分かんの!? なんでだ!? これがいわゆる女の勘……!?

 慌てふためく俺に、絢瀬はクスッと笑い、


「私――よね」


 無邪気に声を弾ませ、そう言った。

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