第2話 噓から出た実①

 え、と思えば、絢瀬たちは歌い終わって、「次、誰?」とマイクを持って見回していた。すると、どこかで聞いたことのあるイントロが流れ出し、


「あ! これ、私と倉田くんだ」ばっと梢さんが振り返り、さっと手を挙げた。「ねー?」

「ねー!」


 そのだらしのない声にぎょっとして振り返れば、倉田くんは鼻の下を伸ばして、高校球児とは思えぬデレデレな顔を浮かべていた。

 倉田くんが、急に遠くへ行ってしまったような……。その変わりように呆然としていると、


「無視か!」


 ドスン、とわき腹に肘打ちを食らった。


「なにすんだよ!?」と振り返れば、

「こっちのセリフだよ!」遊佐が声を押し殺し、険しい表情で責め立ててきた。「勝手にイケメン連れてきやがって。どういうつもりだ?」

「どういうつもりも何も、成り行きで……」

「いいのかよ?」


 俺の言葉を遮り、意味深にそう言って、ちらりと遊佐が視線をやった先――を、見る必要もなかった。

 いいのかよって……どういう質問だよ。俺に聞くなよ。

 答えに詰まって黙り込む俺に、遊佐はまくし立てるように続ける。


「元チームメイトだかなんだか知らんけど。来てから、香月ちゃんにべったりだし、香月ちゃんもまんざらでもないみたいだし。俺もとして、落ち着かないんだけど!?」


 何が親友だ、と呆れつつ、


「護はいい奴だから……大丈夫だよ」

 

 ぼそっとそう言った途端、遊佐はがらりと表情を変え、鋭い目つきできっと俺をねめつけてきた。


「何が大丈夫なんだよ? お前、いつまで小学生気分だ」

「は……?」

「『護』がいい奴かどうかは聞いてねぇし、どうでもいいわ。俺はあの爽やかイケメン君のために合コン開いたんじゃねぇんだよ」


 珍しく神妙な面持ちで脅すように言って、遊佐は呆れたようにため息ついた。


「ほんっと……お前は拗らせまくって面倒くさい奴で、一年の頃からドン引きさせられてばっかだ」


 ぶつくさ愚痴るように畳み掛けるや、「けどさ」と遊佐はふいに諦めたように笑った。


「お前も別に悪い奴じゃねぇよ。そうじゃなきゃ、俺もここまで付き合ってねぇ」

「遊佐……」


 遊佐が……優しい!?

 え。なんだ、この感じ?

 思いの外、胸がジーンとして熱くなって……あ、これが所謂ツンデレなのか? と悟りかけたとき、


「だからさ、お前も少しは自信持って」ぽんと遊佐は俺の肩に手を置き、「――帰れ」

「帰れ!?」


 思わぬ言葉が出てきて、ぎょっとした途端、


「どうしたんだ、笠原!?」


 うわあ、と急にわざとらしいほどに慄いて、遊佐はソファの上で飛び退いた。


「顔色が……なんかよく分からないことになってるぞ!? 気分でも悪いのか!?」

「はあ? 何を急に……!?」


 顔色がよく分からないことになってるって……なんだよ、それは!?

 確かに、香月と護の様子を見ていて、辛気臭い顔はしていたのかもしれないが。


「別に、気分なんて悪くは……」

「吐きそうなのか!? 熱でもあるのか!?」


 おい!?

 聞く耳を持たずとはこのことか。俺の言葉なんて完全無視で、遊佐は勝手に俺の体調不良を訴え出した。

 気づけば、意気揚々と歌い出していた倉田くんと梢さんの歌声も止み、談笑もぴたりと途絶えた部屋の中、無情にも元気一杯とびきりポップなメロディーだけが流れていた。

 カラオケボックスにあるまじき不穏な沈黙。見なくても分かるほどの、肌に突き刺さるような視線。

 さあっと血の気が引いていき、背筋に冷や汗が流れていくのを感じた。

 いやいやいや。どうしてくれるんだよ!?

 確かに、今、一気に気分悪くなってきたけども。ちょっと吐きそうだけど。

 明らかに、順番がだぞ!?

 疑るように見つめる先で、遊佐が白々しく心配そうに俺を見ていた。その口元はわずかながらに震えている。今にも笑いそうなのを必死に堪えているような……。 


「遊佐、お前な……!」


 やっぱ、顔色がどうのとか……全部、嘘だな!?

 瞬時に悟って、遊佐にがなり立てようとしたそのとき、視界の端に人影が見えた。

 ハッとして振り返ると、


「大丈夫?」と、すぐそこで中腰になり、香月が俺の顔を覗き込んできた。「誰かに触られた?」


 思わず、ぶっと吹き出しそうになった。

 なんつーことをいきなり聞いてくるんだよ!?

 何を言い出すんだ――と言いかけた口は、しかし、ぽかんと開いて固まった。


 そこにあったのは、真剣そのものの香月の表情で。さらりとした前髪の下、俺を見つめるその眼差しはぞくりとするほど鋭く、冷たくも感じるほどだった。

 冗談を言っているわけでもなく、心配しているのとも少し違うような……切羽詰まった感じがあった。唇を固く引き結んでじっと俺の様子を伺う様は、無言ながらも何かを訴えかけてくるようで……責められているような、そんな感覚さえあって、俺は息を呑んだ。

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