六章

第1話 あんな笑顔

「ごめん、倉田くん」

「え……なにが?」


 今、話題のアイドルグループの曲を、絢瀬が友達二人と見事な振り付けで歌っていた。それを、ソファの端でタンバリン持って必死に盛り上げている遊佐――の横で、俺は隣に座る倉田くんにひっそりと声をかけて、頭を下げた。

 今日は謝り通しだな、と思いつつ、


「前の合コン、俺と香月が台無ししたし……あと、今回もになっちゃって」


 ちらりと部屋の中に視線を巡らす。

 誰がやったんだか、照明が暗くなった部屋で、絢瀬たち女の子三人組がモニターの横で歌って踊り、それに合わせて遊佐が全身全霊を込めてタンバリンを打ち鳴らし、部屋の奥では梢さんがカブちゃんの上腕二頭筋をまじまじと眺め、そして、俺らの向かいのソファでは護がスマホを香月に見せながら何やら話し込んでいた。

 当初の遊佐の計画では四対二で男子有利に仕組まれていた合コンが、きっちり五対五の由緒正しい合コンの形に変わっている。


 護とカラオケボックスの中に戻ると、三人の姿は通路に無く……まさか、と思って部屋に来てみれば、カブちゃんが何食わぬ顔で合コンに参加していたのだ。

 おそらく、である『アキラ』の立場を考えたのだろう、こちらでは香月は『カヅキ様』のままで、絢瀬もカブちゃんもそういうていで接しているらしかった。俺と護が現れるなり、絢瀬が信号を送るかのようにやたらと『カヅキくん』と繰り返してくれて、俺も護もすぐに状況を理解することができた。そういう細やかな気配りは、やっぱり女子だなぁ、と感心したものだ。


 そうして護も合コンに加わることとなり、今に至る。


「これはこれで楽しいんでいいっすよ」と倉田くんは、高校球児らしく白い歯をきらりと覗かせて溌剌と笑った。「てか、俺のほうも謝りたかったんで」

「倉田くんが? なんで?」

「櫻さん、内緒で連れてきて、騙し討ちみたいなことしちゃったんで」


 倉田くんはちらりと香月のほうを一瞥し、声を落として言ってきた。


「いや……それは、遊佐に言われてしたことだし。倉田くんを巻き込んでしまって、こちらこそ、申し訳ないというか」


 いえいえ、いやいや、と他人行儀に不毛な譲り合いをしてから、「実は」と倉田くんはおもむろに切り出した。


「俺、櫻さんと一年の頃から同じクラスなんだよね」

「そうなんだ」


 じゃあ、付き合いは俺と遊佐と同じくらいなのか。


「といっても、前の合コンのときまで、まともに話したことなくてさ。美人すぎて近寄りがたい――ていうか。他の男子もそんな感じで、距離置いてて……。でも、そういう子がクラスにいる、て話したら、遊佐ともう一人の同中の奴が会いたい、て言い出して、引くに引けなくなっちゃって。それで、櫻さんと仲良い戸塚に頼み込んで、合コンに誘ってもらったんだ。自分で誘えばいいじゃん、て戸塚には散々、鬱陶しがられたんだけどさ」

「ああ……」


 ぼんやり相槌打ちつつ、思い出していた。

 涙なしでは語れぬ苦労の末に実現した合コンだった――と、前に遊佐が言っていたが、そういうことだったのか。

 なるほど。

 つまり……前回の合コンは、そもそも、遊佐が香月に会いたくて行われた合コンだったわけか。

 遊佐のことだ。『クラスに美人すぎて近寄れない子がいる』なんて聞いたら、そりゃあ、口八丁手八丁でなんとか紹介してもらおうとするだろう。倉田くんもよっぽど無理強いされたに違いない。仲間意識のようなものが芽生えて、俺は急に倉田くんに親近感を覚えてしまった。


「だから、あの合コンのとき、びっくりしたんだ。櫻さんがあんな動揺してるとこ初めて見たし、そのあと……いろいろ事情も聞いちゃったからさ」


 事情……と言われて、ぎくりとしてしまった。

 そういえば、そうか。遊佐だけじゃないんだよな。倉田くんも、あの合コンに居合わせたわけで。俺と香月の話を、遊佐とともに戸塚さんたちから聞いているのか。


「そのおかげで――て言ったら、笠原くんには悪い気がするんだけど。あの合コンのあと、櫻さんが学校で謝りに来てくれてさ、それからクラスでも話すようになったんだ。櫻さんに話しかけられるたび、クラスの奴にうらやましがられて、ぶっちゃけ、それも気分良かったりして」


 好青年を絵に描いたような照れ笑いを浮かべて、坊主一歩手前の短い髪が生えそろった頭を掻く倉田くん。

 俺はぽかんとして、「へえ……」と生返事をしてしまった。

 倉田くんの話が意外すぎて。

 男のフリをしていたとはいえ、男とつるむ香月の姿しか俺は見てこなかったから。今日だって、久しぶりに会った護やカブちゃんとも親しげに接していて……カブちゃんとは熱い抱擁まで交わして、平気そうにしていた。そんな香月が、学校では『近寄りがたい』なんて男子に思われているなんて、にわかに信じられなかった。


「櫻さんって、クールな感じがして……ちょっと怖そうだな、とか思ってたんだよね」


 ふと、独り言のように倉田くんがこぼした言葉に、「いや」と勝手に口が動いていた。


「香月は……怖くねぇよ?」

「ああ……それは、もちろん、今は分かってるよ!」と倉田くんは慌てて言って、はにかむようにニッと笑った。「前の合コンのときの慌てっぷりもそうだけど……今日も、笑顔見ちゃったら、もう怖いとか思えないって」


 あんな笑顔――そう言って、倉田くんがちらりと視線を向けた先を見やれば、淡い照明の下で、香月が楽しそうに笑っていた。護の隣で……。

 写真でも見ているのだろうか、護の持つスマホの画面を覗き込んで浮かべる笑みは、液晶の明かりに照らし出され、暗がりの中でも嫌という程はっきりと見えてしまう。なんの躊躇いもなく、飾り気もなく、純粋に楽しそうにはしゃぐ子供みたいな笑み。『王子様』じゃない、ただの『女の子』みたいな。

 そんな笑みを、俺だけが知っている、なんてどこかで思い始めていた気がする。だから、なんで……と疑問が湧いて、どうしようも無い焦燥感がこみ上げてくる。

 ほんの少し前まで、その笑みを隣で見ていたはずなのに。今は、テーブル挟んで向こう側。手の届かないところで見ている。それがたまらなく、もどかしくて悔しくて……虚しかった。

 ぐっと拳を握りしめ、その光景から逃げるように視線を落とした。

 そのときだった。


「おい、こら」


 ガン、と頭に固いものが当たって、シャン、と小気味良い音が鳴り響いた。

 ハッとして振り返ると、


「そんな辛気臭い顔するくらいなら、ホンモノのイケメン連れてくんじゃねぇよ。馬鹿か」


 まるで不良か、と思うような睨みを利かせて、タンバリンを持った遊佐が俺を見ていた。

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