第10話 小鶴さんの尋問

 え、と振り返れば、清々しく窓から注ぎ込む朝日を浴びながら、窓際の席で頬杖ついてこちらを見る小鶴さんが。ふわふわとした髪に陽の光が透き通って、栗色の髪が黄金色に輝いているかのように見えた。

 ふふ、と意味ありげに口許を緩めると、


「ごめんね、聞こえちゃった。大声で話してるから」


 あ……と俺も遊佐も言葉に詰まった。

 そういえば、恥ずかしげもなく、合コン合コン、と騒いでしまった。ぴーちくぱーちく隣でそんな話題で騒がれたら……そりゃ気になるよな。

 恥ずかしいやら、居た堪れないやら、申し訳ないやら。肩身が狭くて俺は縮こまった。


「遊佐くん、前も合コン行ってなかった〜?」


 穏やかな笑みはそのままに、少し責めるような声色で小鶴さんが問いかけるや、


「今度は小鶴さんもどう?」とさらりと誘ってしまえる遊佐の図太さよ。憧れはしないが、多少なりとも尊敬する。「声かけるよ」


「私はいいや〜。前に、人数合わせで呼ばれたことあるけど……ああいう強制的に恋愛しろ、みたいな雰囲気は嫌だな。来る男子も、皆、遊佐くんみたいな人ばっかだし」

「それ、どういう意味!?」

「それより……笠原くんってそういうのは行かないのかと思ってたよ〜」


 撃沈した遊佐をチラ見している間に、矛先が俺に向けられ、ぎょっとして振り返った。


「え……俺?」


 そういえば、今朝、絢瀬にも言われたような……。

 まあ、俺は目立つような見た目でもなく、至って普通だし……どちらかといえば、地味なほうだもんな。

 ――いや。

 地味にしてきたんだ。小さい頃はホッケーもやってたし髪も短く切りそろえていたけど、女子が苦手になってからは少し長めに伸ばし、視力が弱くなると迷わず眼鏡をかけた。注目を浴びず、群衆に紛れるような……なるべく、女子の目につかないような……そんな容姿を、いつからか自然と目指していたような気がする。

 まあ、そんなチャラさのカケラもない俺が、合コンに行っているなんて意外なんだろう。今まで、散々女子との接触を避けまくっていたし。


「あ、まあ……女子と話してみたくて……」


 って、とっさに言っちゃったけど。馬鹿正直に言って良かったんだろうか。遊佐がドン引きしてこちらを見ているから、たぶん、間違ったんだろうな。

 しかし、小鶴さんは引いた様子もなく、クスッと笑って、

 

「びっくりだよ〜。彼女いるかと思ってたから」

「え!?」


 彼女……!? 俺に……?

 え。モナちゃんのこと、バレてる!?


「な……なんで!?」

「たまにスマホいじりながら、ニヤけてるからさ。彼女とメールしてるのかな、て思ってたの」

「ひいっ!」殺人鬼にでも会ったように遊佐が裏返った声を上げて、さあっと俺から距離を取った。「お前……教室でもモナちゃんといちゃついてたの!?」

「違ぇよ! 教室でやるかよ」

「モナちゃんって言うの?」

「いや……モナちゃんは違くて……!」


 あたふたと忙しく遊佐と小鶴さんを交互に見やり、俺はもう目が回りそうだった。

 待て待て。俺は一度たりとも、『ラブリデイ』を教室で開けたことはない。それだけは絶対の自信を持って言える。絢瀬に誓える。

 俺が学校でスマホをいじって笑ってたとすれば、それは――。


「それ……たぶん、香月だ」


 ぽつりと呟くように答えると、


「カヅキっていうんだ? やっぱり、彼女さん!?」


 わっと隣の席から身を乗り出すようにして、小鶴さんがすかさず食いついてきた。


「いや……彼女じゃなくて……友達で」

「えー、そうなの? まあ、そっか。彼女さんいたら合コン行かないもんねー」と、なぜかちょっとがっかりした様子の小鶴さん。「それにしては、よく嬉しそうにスマホ見てたけど」

「それは……よく、香月がどうでもいいLIME送ってくるから……笑ってただけで」

「どうでもいいLIME?」

「何食べた、とか……眠い、とか……ほんとどうでもいい内容で」

「へ〜……ふ〜ん……」


 まるで仔ウサギでも眺めるような慈愛に満ちた眼差しで俺を見つめて、小鶴さんは何やら意味深な相槌打ってくる。

 なんなんだ、この生暖かい感じ? 小学校んときの授業参観を思い出すような……。微笑ましく見守られて、背中がむず痒くなってくる……あの感じに似てる。


「ちなみに、小一のころからの付き合いで、今でも休日に遊んで、一緒に映画見に行ったり、家に行っちゃうくらい仲良しなオトモダチなんですよ」


 わざとらしい棒読みで遊佐はそう言ってへらっと笑った。

 いや……喋りすぎじゃね!? 個人情報……!


「すごーい! 小一からって……何年!? ほんと仲良しだね〜」素直に感心したように言ってから、「あ」と小鶴さんはハッとした。「もしかして……さっきも授業中、何度もスマホ見てたけど、その子からの連絡待ってたとか? すごいソワソワしてたよね!?」


 ハッと息を呑んだ。

 見られてた……?

 確かに、香月から連絡が来ないか、とちょくちょくスマホをチェックしてたけど。ソワソワって……そんなにあからさまだった!?


「あ、そうだよ! お前、香月ちゃん、怒らせたままか」

「怒らせちゃったの!? なんで、なんで?」

「それがこいつ、全く、心当たりないらしくてさ」言ってから、遊佐は呆れたように鼻で笑った。「俺は……なんとなく、原因が分かってきた気がするけど」


 原因が分かった? 初耳だぞ!?

 ぎょっとして振り返ると、「そうなのか、遊佐!?」と勢いよく訊いていた。すると、勝ち誇ったように笑って「まあな」と偉そうに答える――かと思いきや、


「まあな」と遊佐は苦々しい笑みでため息ついた。「具体的に何があったかは知らんけど……話聞いてるだけで『いい加減、察しろよ』て俺も呆れるくらいだし。本人はもっとだろ」

「察しろって……だから、何をだよ?」

「それは……だから、察しろよ」

 

 今度こそ……遊佐は勝ち誇ったような笑みでフッと笑った。すっかり余裕が戻って、いつもの遊佐だ。

 まるで何事もなかったかのようだが……絶対に何かある。さっきまで、青白い顔であたふたとしていたのに。その豹変っぷりは不吉以外の何物でも無い。


「じゃ。セナちゃんに連絡しといてな」疑るような俺の視線に気づいているのか、いないのか、おもむろにポケットからスマホを出すと、遊佐は身を翻した。「俺も倉田に連絡してみるわ」


 言われて、ハッと気づく。

 ああ……そういえば、こっちはこっちで男を集めないといけないんだよな。『男は俺が集めるから』て遊佐は絢瀬に言ってたし、たぶん、任せていいんだろう。とりあえず、一人は倉田くんに決定だよな。予定が空いているといいけど。俺もちゃんと謝罪をしたいし――と苦笑しながら、去っていく遊佐の背に「倉田くんによろしくな」とだけ言って、ふうっと一息ついた。

 そのとき、


「ねえねえ」と相変わらず、興味津々な小鶴さんの声が横から聞こえた。「実際のところ、笠原くんはどうなんですか?」


 え。まだ、話続くの……!?

 遊佐の退場とともにもう話は終わったものと思ってすっかり油断していた。


「ど……どうって……?」


 そういえば、さっきも遊佐と全く同じ掛け合いをしたような気もするが……。


「その友達だよ〜」と小鶴さんは俺のほうへ体を向けて座り直して、じいっと観察するように見てきた。「トクベツな友達……なんですか?」

「まあ……」

「だよね! だと思ったよ〜。いいな、いいな、楽しい時期だよね〜。羨ましいなぁ」


 きゃっきゃきゃっきゃと、小鶴さんは椅子に座りながらリスのごとく小さく飛び跳ねた。

 なんなんだ? このリアクションに、俺はどう応えたらいいんだ? てか、なんでこんなに俺と香月の関係にやたらと食いついてくる? しかも……なぜか、すごく盛り上がっているし。


「ちなみに……今のところ、手応えとかあるの? いけそう?」

「て、手応え……?」

「たとえば」と小鶴さんは急に声を落として、こそっと訊いてきた。「キスしそうな雰囲気になった――とか、ないの?」

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