第9話 荒療治

 うがーっと苛立ちもあらわに遊佐は髪をかきむしった。

 なんで、そんなにキレてるんだ?


「カウンセリングって……そんなつもりじゃねぇけど。ダメなのかよ、ただ話したいってだけで行くのは?」

「ダメだろ! おばちゃんたちの井戸端会議に行くんじゃねぇんだから!」ぎらっと燃えるような眼光を放って、遊佐は睨みつけてきた。「お前にがなくても、相手がその気になったら、もう立派な恋愛になっちゃうんだよ! もし、そうなったらどうするんだよ? 俺は責任取れねぇぞ!?」

「なんの責任取ろうとしてんだよ?」

「いろいろだよ! お前が知らないだけで、俺は結構聞いちゃってんの! 軽く板挟みに合ってんだよ」

「さっぱり分かんねぇんだけど……お前は何に挟まれてんの?」


 すると、遊佐はぐっと口を噤んだ。まるで腹痛でもするかのように顔を歪めると、恨めしく俺を見つめてきた。


「言えたら、こんなに面倒臭いことになってねぇよ」

「いや……じゃあ、言えよ」

「言えるわけねぇだろ。言って、万が一、拗れたら、あとで菜乃ちゃんたちにどんだけボロクソに言われるか……」

 

 ブツブツくぐもった声で何か呟いたかと思えば、遊佐はぶるっと身震いした。青白い顔は、一気に痩せたかと思うほどの生気の無さだ。背後に漂う悪霊が目に見えるよう……。

 なんなんだ、いったい? 今朝から何に怯えてるんだ、こいつは?


「てかさ……お前らしくないよな? いつからそんなに真面目になったんだよ?」


 皮肉っぽく言うと、遊佐は「は?」と不服そうに顔をしかめた。


「どういう意味だよ? 生まれたときから俺は真面目だよ」


 出会ったときには、もう「彼女欲しい」て騒いでた気がするけどな。


「この前の合コン……『その気』もやる気もない俺を無理矢理、連れて行ったのはお前だろ。脅すようなマネまでして。黙って座っててくれればいい、て言ってさ。俺がいたらライバルが一人減るから、ウィンウィン――なんじゃなかったのか?」

「いやいや。お前、やっぱ、全然分かってねぇのな」と、遊佐は嘲笑するように鼻で笑った。「ライバル減るのは、そりゃ万々歳だよ。お前と違って、俺は本気でカノジョ欲しいからな。できれば、夏までに。絶対、浴衣で花火を見に行くんだ」

「お前の夏の予定はどうでもいいけど……」

「セナちゃんのフィギュア仲間の合コンなんて、どんな手を使ってでも行きたいくらいだよ。倉田だって報われただろう」急に熱っぽく語り出し、遊佐は演歌でも歌い出すかのように震える拳を握りしめた。「でもな……俺はもう、お前の親友の『カヅキ』が女だ、て知っちゃったし! そうじゃなかったら、今頃、天にも昇る心地で、気兼ねなくお前と合コンに行けた――」


 そこまで言って……急に、遊佐は勢いを無くして「あ」と間の抜けた声を漏らした。

 ざわめく教室の中、遊佐だけ時が止まったかのようにしばらく呆然としてから、


「そっか……ウィンウィンか」


 まるで思い出したようにそう呟いた遊佐の表情は、みるみるうちに見慣れたゲスい笑みへと変わっていった。


「笠原くん、ありがとう」と急にわざとらしく丁寧な口ぶりでそう言うと、遊佐は俺の肩をぽんと叩いた。「俺は大事なことを見落としていた」

「大事なこと……?」

「そもそも、元から合コンをしたいのはお前じゃなくて俺だったんだ。あと、倉田」

「だからなんだよ?」


 何をもったいぶってんだか。憐れむように俺を見下ろすその顔が、いつも以上に腹立たしい。

 疑るように睨みつけていると、


「やろうぜ、合コン」と遊佐は力強く言った。「付き合ってやるよ、お前の荒療治に」


 ようやく、遊佐らしくなってきた……が、その変わりようが今度は不気味だ。どうせ、良からぬことを思いついたんだろう。その自信満々の笑みが何よりも不吉だ。

 嫌な胸騒ぎがして、「なに企んでるんだよ?」と言おうとしたときだった。


「二人で合コン行くの?」


 不思議そうなのんびりとした声が隣から聞こえた。

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