第8話 動機
「で……これから、どうするつもりなんだよ?」
一時限目が終わるなり、遊佐がずかずかと俺の机までやってきて、開口一番、そんなことを訊いてきた。
「どうって……なんだよ?」
「香月ちゃんのことだよ!」
「香月がなんだよ?」
「先週、香月ちゃんと友達からやり直すことになった、て言ってたけどさ。それって……友達からやり直して、どうするつもりなんだよ?」
「は? なんだよ、その質問?」
教科書を机の中にしまいながら、ちらりと遊佐の様子を伺う。
ぐっと唇を固く引き結び、強張った表情で俺の答えを待つその様は、まるで判決を待つ罪人のごとく。遊佐らしからぬ緊張感が漂って、へらっと小馬鹿にしたようないつもの笑みが恋しいくらいだ。
様子がおかしい。
なんで、そこまで俺と香月のことをしつこく訊いてくるんだ? 茶化してくるならまだしも……なんなんだ、この鬼気迫る感じは? 今朝も急に、合コンはまずい、とか言い出して、らしくなかったし。何かに乗り移られてんのか?
お前には関係ないだろ――て言いたいところだが、そう答えて納得するような雰囲気じゃない。
諦めるようにため息ついて、俺は遊佐を見上げるとはっきりと答えた。
「前みたいな関係に戻りたい、て思ってるよ」
「前みたいなって……」と遊佐は目を眇め、疑るように俺を睨んできた。「つまり、なんだよ? 親友――か?」
「具体的に言えば、そうだけど……それがなんなんだよ?」
訝しげに訊き返すと、遊佐は魂まで抜け出てきそうな気の抜けたため息をつき、がっくりと頭を垂らした。
「まじか……お前。まじで、ただのお友達気分で二人で映画見て、部屋まで行ったのかよ」とぶつくさ独り言のように言って、遊佐は頭を抱えた。「ある意味、すげぇわ。ほんと小学生レベルだな」
「何がすごいんだよ?」
「いいか、笠原!」刑事ドラマの取り調べよろしく、ばん、と俺の机に手を叩きつけると、遊佐は無駄に鋭い切れ長の目でねめつけてきた。「その辺のこと、香月ちゃんとしっかり話せ。で――どうしても合コン行くなら、そのことをまずは香月ちゃんに伝えろ」
「合コンのことって……なんで、香月に?」
「いやいや、アホか! お前が合コン行くなんて……香月ちゃん、嫌がるに決まってんだろ」
「なんでだよ? 嫌がるわけないだろ。香月だって、手伝いたい、て言ってたんだ」
呆れたようにそう言い返すと、遊佐は凍りついたように固まった。しばらくそうして黙り込んでから、目をパチクリとさせ、「は?」と惚けた声を漏らした。
「いや、手伝いたいって……なに? 合コンを?」
「んなわけねぇだろ! 女性恐怖症を治すのを――だよ。一昨日、手伝いたい、て香月に言われて……約束したんだ。自分で治す、て」
早口でそう言い切ると、遊佐は眉を顰めた。
「女性恐怖症? なんで、今、その話……?」
「香月に……もう無理させたくないんだよ」と、視線を落として、俺は呟くように言った。「俺のために、また体を張らせるようなことはしたくない」
脳裏をよぎったのは、一昨日の香月だった。
不安を必死に押し殺しているような……そんな揺れる瞳で俺を見つめて、肩を震わせ、俺に身体を預けようとした。触って欲しい、ってそう縋るように言って……。
間違っていると思った。そんな方法で――香月の身体を使うような真似をして、女性恐怖症を治したいとは思えなかった。
そして……俺のためならなんでもする、て言った香月の言葉を怖いと思ったんだ。それが本心だと、俺にははっきりと分かったから。
「香月に頼らないで、早く自分で治したいんだ。だから、合コンでもなんでも行って、無理矢理にでも女子に慣れていけば、さっさと克服できるんじゃないかと思って――」
「ちょっと、待て!」
遊佐はぴしゃりと俺の言葉を遮ると、ぐっと身を屈めて俺の顔を覗き込んできた。
「つまり……なに? お前が合コン行きたいのって、要は荒療治? 女性恐怖症を治すため?」
「それ以外に何があるんだよ?」
「それ以外しか無ぇよ! 合コンをカウンセリングに使うなよ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます