第13話 君との距離②
「どれくらいって……え?」
いや、待て。
どれくらい近づいていいかって――俺が聞きたいことだったんだが。なんで、香月が俺に聞く?
「私のこと、怖くない……んだよね?」
おずおずと訊ねられ、あ、と気づく。
そっか。まだ、俺の女性恐怖症のことを気にかけてくれてるのか。
一応、ある程度は克服した、とは伝えておいたんだけど……そうだよな、こんな距離取られたら不安にさせるか。
俺はコップを床に置き、香月のほうに体を向けて座り直した。気を引き締めるように背筋を伸ばし、
「香月のこと、怖いなんて思ってない。さっきも言ったけど……まだ慣れないから、落ち着かないこともあるってだけで。怖いとかは全く無い」
香月をまっすぐに見つめて、俺ははっきりとそう言い切った。
「正直、女子はまだ苦手で……目が合うだけで緊張するけど、香月は違う。こんなふうに普通に話せるのは、香月だけで……やっぱ特別なんだな、て思うよ」
「そっか……特別、か」と相槌打った香月の表情はふわりと和らぎ、急に柔らかな印象に変わった。
まるで、氷に覆われていた蕾が花咲くような……そんな変化を目の当たりにして、もしかして――と思った。距離を開けて座ったこと、実は相当傷つけてしまったんだろうか。
悪いことをしたな、と胸が痛くなった。それでなくても、何年も俺の女性恐怖症で振り回して、心配かけてきたっていうのに。嫌な思いもきっとさせてきたに違いない。
やっと、女性恐怖症も(ほとんど)克服できて、香月と最初からやり直すことになったのに、これじゃ、何も変わらないよな。また、香月を不安にさせて、傷つけて――そんなこと、もうしたくない。
「距離が分からないっていうのは、こういう状況だから……身構えてしまうっていうだけで。別にお前に怯えてるとかじゃないんだ。どちらかといえば、この部屋に怯えているというか」と、歯切れ悪くも、俺は必死に弁解していた。「お前には分からないかもしれないけど、『女の子の部屋』に入るのって相当なことで。男にとっては、神殿レベルの格式の高さなんだよ」
すると、自嘲するような……どこか皮肉めいた笑みを浮かべ、香月はすっくと立ち上がった。
「男の子を部屋に入れるのだって、相当なことなんだけどな。陸太、分かってないよね」
「え……?」
背筋がひやりとするような、そんな艶めいた声だった。
何だ? 香月の雰囲気が違うような……? 『
惚けて見つめる先で、香月はゆっくりと歩み寄ってきて、俺のすぐ目の前でちょこんと腰を下ろした。
座り込んだ途端、ふわりとスカートの裾が舞うように浮かび上がって、真っ白な太ももがちらりと見えた。思わず、目が行って――ぞわっと鳩尾の奥で何かが蠢くようなざわめきを覚えた。
「怖がらせたくなかったから、我慢してたんだけど」
ふいに、呟くように言う声がして、ハッとして視線を上げると、香月が神妙な面持ちでじっと俺を見つめていた。
「試してもいい?」
「試す? 何を?」
「距離」
なんの? ――と俺に問う間も与えず、香月は床に両手をつき、まるで四つん這いにでもなるようにして俺のほうへ身体を寄せてきた。え――と、反射的に身を引くが、背後はベッドで逃げ場もない。
あまりに突然で。予想だにしていなかった行動で。何が起きてるのか……香月が何をしようとしているのか、さっぱり分からなかった。
「嫌だったら、言ってね」
そう強張った声で言い、覗き込むように俺を見つめるその顔はすぐそこにあって――きめ細やかな肌も、長いまつげの一本一本も、清らかな水面のような澄んだ瞳も、すっと通った鼻筋も、形の良い唇も……十年も隣で見てきたはずなのに、こんなに間近で見たのは初めてで。だからだろうか、好奇心にも似た、不思議な高揚感が胸の奥からこみ上げてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます