三章
第1話 ふわふわ
『リクタくん、今日はどこ行くの?』
スマホの画面の中で、俺のカノジョ――高瀬モナちゃんがくりんと愛くるしさたっぷりに小首を傾げて、訊いてくる。
平日のピンクのセーラー服姿もいいが、休日の昼間に拝む私服姿も実に神々しい。清楚系花柄ワンピース、最高です。眼福、眼福。
ついつい、にやけてしまいそうになるのを、俺はぐっと頰に力を込めて堪えた。
隅っこに佇んでいるとはいえ……人がごったがえす駅の構内。スマホを眺めて、鼻の下を伸ばすわけにはいかない。俺は顔を凛々しく保ちながら、さもテレビ電話をしている風を装って答える。
「今日は友達と映画を観に行くんだ」
『そうなんだ』とモナちゃんはポニーテールにしたピンクの髪を揺らして、にこりと微笑む。『友達って誰?』
「あ――」
はたりとして、言葉に詰まった。
そういえば、モナちゃんにはまだあいつのことを何も話していない。なんて説明していいのやら。
うーんと眉間に皺を寄せ、考えあぐねていると、
『もしかして……浮気――じゃないよね?』
片耳にはめたイヤホンから聞こえたその声に、人目も忘れて「え!?」と裏返った声を出していた。
「いや……ないない! ただの友達で――」
「陸太」
「うわあっ!?」
突然、横から声をかけられ、俺は思わずスマホを落としそうになった。モナちゃんが割れる! 咄嗟に両手でしっかりスマホ掴んで、俺は声のしたほうを振り返る。
「いきなり、やめろよ! びっくりする――」
言いかけた言葉がぷつりと切れる。
モナちゃんの危機一髪にバクバクと騒いでいた心臓が、一瞬にして収まっていた。
そこに佇み、「ごめん、ごめん」とくすくす笑う彼女に、俺は息を呑んだ。
長めの前髪は編み込みにして横に流し、後ろの短い髪も今日はやたらとふんわりとして見えた。腰元がきゅっと引き締まったミニ丈のワンピースからは、日々の走り込みで鍛えられているのだろう、すらりとした細い足が伸びている。
いつも貴重品はズボンのポケットとかに入れて、俺みたいに手ぶらだったのに。その華奢な肩には、何が入っているのか見当もつかない、大きめのショルダーバッグが提げられている。
誰? と、一瞬、思ってしまった。
さらりと目元にかかる前髪を掻き上げ、涼しげに微笑む――そんな姿に見慣れていたから。ぱっちりとした二重の目を不思議そうにぱちくりと瞬かせ、「どうしたの?」と遠慮がちに唇を笑ませるその姿に……心臓が止まるかのような、そんな衝撃を受けた。
「陸太?」
そう呼びかける声も、気のせいか、これまでよりずっと柔らかく聞こえて、妙に胸がざわめく。「あ、いや……」と俺は落ち着かなくなって視線を逸らしていた。
初めて、女の格好をしてる香月を見たわけでもないのだが。合コンのときは、髪も大していじってなかったし、服装もスカートだったけどシンプルで、まだ男装しているときに近い雰囲気があったから……油断していた。
なんなんだ? 今日の香月の……このふわふわした感じは!? 緊張感がまるで無いって言うか……警戒心が無いっていうか……。だらしない、とは違う。――隙だらけ、みたいな。
予期していない事態に軽くパニックを起こしている俺のことなど気づいてもいないのだろう、「あれ?」と香月はぐっと体を寄せてきた。
「モナちゃん?」
俺のスマホを覗き込み、嬉しそうな声で香月はそう言った。
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