第11話 ここから

 あまりに予想外だったんだろう。ぽかんとするカヅキの顔は見たこともないほど気が抜けて、凛々しさなんてカケラもなくて……つい、笑ってしまった。


「男だったのは嘘でも……男のフリして、お前が俺を支えてくれてたのは本当だから。そっちのほうが大事なことだって、やっと気づけたんだ」


 女のカヅキを俺は知らないと思ってた。

 でも、そんなことなかったんだ。

 俺のために、心臓破りの坂を全力で駆け上ってきてくれた――そんなカヅキになんの疑問ももたなかった。謝る俺に、自分が好きでやったことだから、て当然のように言ってしまえる彼女を、カヅキらしい、て思ってる自分がいた。俺のために何年も男のフリをしてくれるような奴だもんな……て納得してしまった。

 そんな奴のことが――俺のために男のフリまでしてくれた奴のことが、今は気になるんだ。どんな子なんだろう、て……。

 不思議な高揚感を胸の奥に感じながら、俺はカヅキを力強く見つめながら続けた。


「俺はお前を知りたい。ずっと傍にいてくれたのが誰なのか、ちゃんと知りたいんだ」


 すると、ぐっとカヅキは唇を引き結び、張り詰めた表情で俺を見つめてきた。その潤んだ瞳は澄んだ水面のように揺れて、今にも涙が溢れ出てきそうだった。

 そこには、俺のよく知る『王子様』なんていなくて。その姿は、昔――スケートリンクの外で、泣かせてしまいそうになったを思い出させた。

 郷愁と罪悪感が入り混じったような……なんとも言えない感傷を覚えながら、俺はカヅキに囁きかけるように続けた。


「初めて話したときから、やり直そう。香月」


 その瞬間、香月はぐっと険しく柳眉を寄せ、顔を膝に埋めてしまった。

 やがて、静まり返った公園に香月の嗚咽が響きだす。


「ごめん」と声を詰まらせながら、香月は言った。「ホッとしちゃって……もう会ってもらえないかと思ってたから」

「いや……そんなわけねぇだろ。大げさな」


 そう言いつつも、胸が締め付けられるようだった。

 どれだけ背負わせてしまっていたんだろう、と今更ながらに思い知らされる。

 華奢な身体を小さく丸めて啜り泣く彼女を前にして……震えるそのか細い肩を見つめながら、何もできない自分に無力感を覚えて、居た堪れなくなった。ほんの数日前だったら、迷わず、その肩に手を乗せて、軽く叩いてやったりもできたんだろうに。今は……触れていいのかさえ迷う。ホッケーの試合で負けて、カヅキと肩を抱いて泣いたことだってあったのに、今は目の前で泣く香月にどうしたらいいかも分からない。

 か、とぼんやりと思った。ここから、俺は香月とやり直すのか……。

 前みたいな関係に戻れるのかは分からない。そもそも、男女の友情がどういうものなのかも俺は分かっていない。女友達なんて小六から一人もいなかったんだ。

 この先、俺にとっては未知の領域で、頼れる親友ももういない。暗闇の中、手探りで進んでいくようなものだ。先の見えない途方の無さ――でも、その先で、またその肩に触れられるようになればいい、と漠然と思った。そうして、今度は、俺が香月を支えられたら、て……。


「なあ、香月」


 落ち着いていく香月の泣き声に耳を傾けながら、俺はぽつりと切り出した。


「今度、映画でも観に行こうぜ。――お前の好きな映画、教えてほしいんだ」

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