第4話 オネーサンとは遊べません

 固まって声も出せない俺の代わりに、カヅキが血相変えて振り返り、「すみません、そういうのは……」と背後の女性たちに答えた。


「君、超カッコいいよね。さっきから、あっちで見てたんだけどさー。もしかして、モデルさん?」

「意外と、声はかわいい感じなんだねー! そうだ、一緒にカラオケ行こーよ。男二人で遊んでもつまんないでしょ」


 きゃっきゃきゃっきゃ、と弾けんばかりの明るい声が背後から飛んでくる。

 俺は身を縮めて、その声が頭上を通り過ぎていくのを息を潜めてやりすごすのみ。

 ただただ一方的に、投石機のごとく誘い文句を飛ばしてくる彼女たち。もちろん、全てカヅキを狙っているわけで。俺はおまけ。いや、もはや、邪魔者。障害物でしかないだろう。

 カヅキは慣れたもんで、愛想笑いを浮かべてうまいこといなしている。もはや、職人技だ。どんな甘い誘惑も、マタドールの如く、ひらりひらりと躱している。

 頼むぞ、カヅキ。可及的速やか、かつ、平穏無事にこの場を収めてくれ。自ら仏像にでもなった気分で、身じろぎひとつせずにそう祈っていると――、


「ね」


 不意に、するりと腕に何かが絡みついてきて、ふにっと柔らかな感触を肘に感じた。


「君も、そう思うよね。――友達、説得してよ」


 ぎょっとして振り返れば、キラキラオーラ全開の茶髪のオネーサンが、にんまりと勝ち誇った笑みを浮かべ、ねっとりとした眼差しで俺を見ていた。その白い腕は蛇のように俺の腕をぎっちりと絡め取り、ふくよかな胸が無遠慮に肘に押し当てられている。その瞬間、ざわざわと大量の毛虫が背中から首筋まで這い上がっていくような悪寒に襲われて――。


「ひぎゃああああ!」

「きゃああああ!?」


 絶叫が呼ぶ絶叫。

 悲鳴を上げた俺に驚いたオネーサンがさらに悲鳴を上げて、あたりはたちまち騒然となった。おかげで、オネーサンは俺の腕から離れてくれたのだが。何事か、と駅の構内はざわめきだし、好奇の視線がこちらに集まっている。オネーサンも引きつった顔で、妖怪でも見るような目で俺を見ていて……俺はますますパニックに陥っていた。

 やばい。これ、どうやって収めれば……!?


「すみません!」


 カオスと化したその場の空気を一瞬にして吹き飛ばすような、そんなよく通る声が辺りに木霊した。


「急用を思い出したので失礼します!」

 

 ハッとする間もなく、「行こ、陸太!」とカヅキが俺の腕を取って走り出した。

 いや、待て。陸上部。走るの!? 俺、今、マシュマロ大量に食ったくらいの気分の悪さなんだけど――。


「ムリムリ、吐きそう、吐きそう!」


 口を押さえながら、俺はカヅキに腕を引っ張られるまま、集まりつつある野次馬の間を縫うように構内を走り抜けた。

 なぜかちょっと楽しそうなカヅキの後ろ姿を、恨めしく思いながら。

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