第3話 二の腕ふにっ

「つーかさ……」


 スマホとイヤホンをポケットにつっこみながら、俺はふいにカヅキを見上げた。

 背はすっかり追い抜かれたってのに……なんだろう。小さくなったような気がするのは、なぜなんだ? ガタイに迫力がない、ていうか……丸っこくなったていうか。

 さっき肩を掴んだときも、違和感があったんだ。思ってたようながなかった。あまりにか細く感じて驚いたくらいで。


「お前さ……」


 疑るようにカヅキを睨みつけ、


「肩、やけに細くなったな?」

「えっ……!?」

「まさか――」


 ハッとして、俺はカヅキの二の腕を服の上からぐっと掴んだ。上腕二頭筋できゅっと締まっているはずのそこは、ふにっと気が抜けるような柔らかな感触がして――思わず、むにむにと何度も揉んでしまった。


「ひやっ……」


 妙な声を出し、カヅキは俺の手を振り払うと、ばっと飛び退いた。

 

「な……急に、なにすんだよ!?」


 かあっと顔を赤らめて狼狽えるカヅキに、やっぱりそうか、と俺は確信した。


「お前……なんだ、この柔らかい筋肉は!? いつもダボっとした服着てるから分かんなかったけど……結構、肉ついてきてるぞ!」

「う……うるさい。別にいいだろ!」


 いつも冷静なカヅキには珍しく、ムキになってふいっとそっぽを向いてしまった。

 もしかして……気にしてた? ホッケー辞めてからも、陸上部入って、毎日走り込みしてるような奴だもんな。今も長距離やってるらしいし。アスリートとして、体型にはプライドがある……か。


「いや……悪い、カヅキ。春休みだったもんな。だらけても仕方ない、つーか。俺も食っちゃ寝してたし。お前なら、ちょっと筋トレすりゃ、筋力もすぐ戻るって」

「筋トレとか……そう言う問題じゃ無いんだけど」

「は?」


 そう言う問題じゃ無い……て?

 きょとんとしていると、カヅキは「なんでもない」とこちらに顔を向き直し、どこか諦めたような笑みを浮かべた。


「――行こ」

 

 くるっと身を翻したカヅキ。なんでもない……ようには見えないが。これ以上聞いても、爽やかスマイルでごまかされるだろうことは、目に見えていた。

 小一からの付き合いだが、たまにこうしてカヅキとの隔たりを感じることがある。見えない壁みたいな……。何かを隠されているような、そんな釈然としない気持ちの悪さがあった。

 すっきりとしない蟠りを腹の底に感じつつ、カヅキの背を追って足を踏み出そうというそのとき。


「あのー、すみません」


 背後から、間延びした甘ったるい声がした。

 ぞわっと全身に鳥肌が……いや、蕁麻疹が出るのが分かった。ぴたりと足が止まる。


「私たち二人で暇してるんですけどー……よかったら、一緒に――」


 すぐ背後の声が、どんどんと遠ざかっていくように聞こえた。代わりに、慌てふためく自分の心臓の鼓動がうるさいほどに頭の中に響き出す。

 どっと汗が噴き出して、喉が締まっていくような息苦しさに襲われる。

 またか……またなのか。これで何度目だろう。カヅキと出かけると、こういう羽目になるんだ。都市伝説のような信じられない恐怖体験――逆ナンだ。

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