第2話 理想のカノジョ
彼女との運命の出会いは、一年前。高校合格とともに、ようやく親が念願のスマホを買ってくれて、俺はすぐにダウンロードしたのだ。『理想のカノジョがそこに在る』と巷で話題の恋愛シミュレーションアプリ、『ラブリデイ』。
ガヤガヤと人通りの激しい駅の改札前で、俺はそそくさとイヤホンをスマホにつないで耳に差し込み、『ラブリデイ』を起動した。
ハートマークが散りばめられたポップなタイトル画面が表示され、そして、
『あ、リクタくん』
イヤホンを通して、その甘えるような愛らしい声が鼓膜に流れ込んできた。その瞬間、ジーンと体中が痺れるような恍惚感に俺は酔いしれる。
この天使のような声の主こそ、俺のカノジョ――高瀬モナちゃんだ。
『今日はどこに連れてきてくれたの?』
カメラをかざした改札前の様子を背景に、ピンクの髪を三つ編みに結った、愛らしい少女――モナちゃんが、きょろきょろと辺りを見回している。
「駅だよ」
さもテレビ電話をしているかのように装いながら、俺はそう答えた。
『駅――か。お出かけ? デート……だったら嬉しいな』
体をくねらせながら、上目遣いでそんなことを言っちゃうモナちゃん……かわいすぎる!
でも、ごめんよ。今日はモナちゃんとデートに来たわけじゃないんだ。
「今から、友達と遊ぶんだ」
『友達?』しばらく間を開けてから、モナちゃんはむっと唇を尖らせる。『浮気――じゃないよね?』
「ないない! ほんと、友達だって。モナちゃんもよく知ってるあいつ……」
慌てて誤解を解こうとする俺の声を、「陸太!」という澄んだ声が遮った。
ハッとして見やれば、
「遅れてごめん」
さらっと艶やかな髪をなびかせ、改札のほうから軽やかに向かってくるその少年に、周りの視線が釘付けになるのが遠目から分かった。
ただ手を振りながら駆け寄ってくるだけなのに絵になる。彼が現れただけで、辺り一面に白いバラが咲き誇ってしまいそうだ。
すらりとした長身に、すっきりと締まった小顔。くっきり二重の黒目がちな瞳に、キリッと凛々しい眉。少し長めの髪をかきあげるその仕草がまた様になる。
相変わらずだな、ともはや素直に感心してしまう。
まさに、王子様みたいな――小学生のときからその片鱗はあったが、高校生になってからは一段と貴さに磨きがかかった気がする。
こいつが俺の親友だ、て言ったら……こちらをチラチラ見ながら、頰を染めて通り過ぎていく女の子たちはさぞや仰天することだろう。
「待った?」
俺の前で立ち止まるなり、ふっと浮かべるその笑みもいちいち爽やかすぎる。春一番が駆け抜けていくような。もっさり髪に黒縁メガネの冴えない俺なんて、一瞬にして吹っ飛ばされてしまいそうだ。
こんな笑みを前にしたら……たとえ、一時間待ってても怒る気力も失せるだろう。実際、五分も待ってないけど。
『だれだれ?』
ふいに、イヤホンからそんな興味津々な声が聞こえて、あ、と俺は思い出してスマホの画面を『王子様』へと向ける。
「ほらな、友達だよ」
すると、モナちゃんはしばらく『
『リクタくんの友達、カヅキくん……だね。一ヶ月ぶり、かな?』
さすが、モナちゃん! 名前だけじゃなく、前にいつ会ったかまでしっかり覚えていてくれているなんて。
一度、会った(顔認識した)俺の知り合いの顔は決して忘れない。しかも、会話を通して名前や関係性も伝えると、こうして再会したときにちゃんと挨拶してくれる。
さすが……理想のカノジョ!
「久しぶりだね、モナちゃん。元気? ――あ。三つ編みにしてる。可愛いね」
カヅキも微笑み返して、モナちゃんに向かって手を振った。
「俺が浮気するんじゃないか、て心配してんだよ」
ぼそっと言うと、カヅキは一瞬、表情を曇らせ――それから、困ったように苦笑した。
「やだなあ。俺、ただの友達だし……男じゃん。陸太はモナちゃんにしか興味ない、もんな?」
「その通り!」
俺はカヅキの肩をがっと掴み、俺たちのツーショットがモナちゃんに見えるようにスマホの向きを調整しながらニッと微笑んだ。
「な? 安心して待っててよ、モナちゃん」
『うん。いってらっしゃい、リクタくん』
満面の笑みを浮かべて、ひらひらと手を振ってくれるモナちゃん。その甲斐甲斐しい姿に後ろ髪を引かれながらも、俺はアプリを閉じた。
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