掛けるゼロの能力者

@blanetnoir



0から1を生み出せる人


1を10に増やせる人


1から何倍にも掛け算で増やせる人




生み出す力がある人は、

性質に合った形でその能力を生かして生きている。



例えば、



0から1を生み出すタイプの人は、新しい企画を生み出すことが出来る。


1を10に増やせる人は、チームのサポート役や、企画推進のいちメンバーとして、そこにある企画を膨らませていく。


場を増やす、

チャンスを増やす、

人を増やす、

消すことは許されない大事な既存品を、守り育てていく。


そんな能力を持つ人たちがいる。

多分、社会のどんな場でも求められる、

勝ち残っていける人種たち。







「貴方は、いつも、そう。」




目の前にいる彼女が、何度も繰り返してきた表情を浮かべてため息を吐いた。

そろそろ眉間にシワが刻まれていそうで、いつも私のせいで悪いなぁと思う。



「なんでそんなに空気が読めないの?」




風通しのいいカフェのテーブル、

私の横と、彼女の横には空いた椅子が乱雑に席を立った余韻が残る。




「あの2人がなんであんなに怒って行っちゃったのか、分かってないでしょ。」




疑問形な言い方だけど、彼女は確信して答えを持っている。

それでも私の答えを待っている。

一致しても、しなくても。


どちらにしても茨の道を歩かされているような、たまらない時間がそこに横たわる。



答えを口にできずに、沈黙が流れる。



「…私、貴方とは付き合い長くて、腐れ縁だと思って今まで付き合ってきたけど、」




長い沈黙の後、いつもと違う切り出し方と口調に、ふと目を広める。




「もう、正直私もこれ以上は付き合いきれない。私たちの関係も、ここで、終わりにしよう。」




言いにくそうに、だけどハッキリとした意思だと分かる、10年来の友人は、記録10年にピリオドを打って、今私の目の前から立ち去ると言って、



そのまま席を立った。




あの2人が立ち去ってから、彼女がいなくなるまで、私は誰の顔も見ることができなかった。



一人きりのテーブル席となって、飲みかけのアイスティーを飲み干せずに、座っている。




酷く、現実離れした出来事が身の上に起きたんだと、心はざわつきながら、叫ぶことも取り乱すことも出来ずに、得体の知れない気持ち悪さに息が止まりそうだ。




カフェの店内は、周りの会話に気も止めず、自分たちの話に夢中で、

有難いのか、虚しいのか。





何度も繰り返した、

無自覚の破壊行動。

輪を乱す言動。

積み上げた関係を無にする一言、




そのにあるものをゼロにする天才。

かけ算で0を掛けると答えは全て0になるように、

何があっても全てを0にする。




なぁんの役にも立たない能力だ、

むしろ自分の首を絞めて、孤独を作り上げる。




最後まで横にいてくれた面倒見のいい腐れ縁ですら離れて、

本当に人との繋がりをこれで全て失ってしまった。





伽藍堂の空虚が、もはや辛うじて人の形をしているだけだと思った。





「あの、すみません…」




声をかけられた。

見ると、大学生くらいの雰囲気の可愛らしい女の子がひとり、目の前に立っていた。




「突然ごめんなさい、

あの、本当に申し訳ないんですけど、少しお話いいですか…?」





「ありがとうございました、謝礼はこれでいいですか。」



30分前に初めて顔を合わせて軽く打ち合わせして一緒にカフェに入った気の弱そうな男性は、最初に浮かべていた神妙な表情が解れて、スッキリとした笑みで、封筒を私に差し出した。



封筒の中身は現金が恐らく1万円程度入っているだろう。



「どうも、ありがとう」



私は封筒を受け取り、特に中身を確認することも無くバッグの中にしまった。



そのまま私は席を立ち、隣の倒れた椅子を立て直してテーブルを後にした。



この店はあの日、私が可愛らしい女の子に声をかけられて、あるお願いをされた縁からよく利用するようになった。



あの日ーーー



あの女の子は、私が何の考え無しの言動で人を怒らせ、場を壊した様を目の当たりにして、“これだ!”と思ったんだと言った。



壊して欲しい人間関係があるのだと。




縁を切りたいが、どうしたらいいのか分からなくて、悩んでひとりあのカフェでぼんやり過ごしていたところに、あの様を見て、ダメもとで私に声をかけて、クラッシャー役を依頼したんだそうだ。



あの時、声をかけられて、話を聞き、お願いをされた当の私自身は、抜け殻の心のままに、いいよと言ってしまった。



多分、私はそこにいて、特に何も考えずに何か発言してれば、誰かしらの怒りを買うことが出来るだろうと、あの瞬間に確信を得ていたから。



「助かります、本当にありがとうございます。」




彼女はそう言って、何度も頭を下げた、

お願いを引き受けた時も、

実際にその依頼を達成した時も。




「これは心ばかりのお礼です。」




そう言って、封筒を差し出してきた。

思いもよらないものを渡されて、恐る恐る中を見れば、諭吉がすんとしたお顔でおひとり納まっていて、どうしたものかと困ってしまったが、

口から出た第一声は、

「いいんですか、」

と貰う気満々にしか聞こえない言葉だった。



「勿論です、本当に助けられましたから。」



涙の滲む目元で私を見る彼女の表情は、先程までの緊張感と、壊したいものを壊せた安堵で複雑に見えるけれど、諭吉を差し出す価値があることを彼女に教えられ、私の方が救われた思いだった。




その場にある価値あるものを、

意図せず0にしてしまう私の疫病神のような行動に、

ありがとうと言われることなんて、

今まで有り得なかったから。



全てを0にすることが、

誰かの役に立つなんて、思いもしなかった。




この彼女とのやり取りは、密かに彼女の通う大学内で噂になったらしく、その後LINEを交換していた彼女経由で、何度か同じようなお願いを受けることになった。



私は依頼してきた人と一緒に、

ただその場にいて、

考え無しに発言してくれればいいと。



ありのままの私でいれば必ず発生する、

何らかの破壊や人の怒りを買う発言をしてくれればいいのだと。



冷静に考えればトンチキなお願いを、

私は引き受けるし、

その依頼内容の達成率は脅威の100%だ。





何も生むことができず、

そこにある価値あるものを壊し、

恋人はおろか、友達や人間関係を作ることができずに生きてきたことが何よりのコンプレックスで苦しみだったのが、




たったひとりの依頼から、

この私の性質を求められ、

壊したことで感謝され、

壊したことでお礼が渡され、

その噂が次の依頼者を生んだ。



かけ算で0をかけるように、

全てを0にすることが、私の能力で、

人に求められる場があった。




この能力をそのまま使って社会で生きていけるのかはまだ分からない、

漫画の世界のように<別れさせ屋>みたいな、何か職業化出来るかも今のところ未知数だ。




それでも、

もしこの能力を使って、

私が生きていけるのならば、

本当は手に入れたいものは手にできないとしても、せめて生きていける能力だと人に認めてもらえるならば、




私は自分のことを「×0の能力者」と呼ぶことにしたいと思った。

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