3駅目 西荻窪
西荻窪駅南口からでて線路沿いを真っ直ぐ進む。いくつもの小さな雑貨屋さんが並んでいる。土曜日だが、人はまばらでこの道を歩いているのは私だけなのでは、と少し心細くなる。その割には、西荻窪ってこんな街だったんだと呑気に思ったりもする。
昨夜、20も離れた男と4年の不倫を経て別れた。男は会社の上司で、豪快に笑う人だった。私には、父親と過ごした記憶がない。母は、私を産んですぐ父と離婚したらしい。理由は分からないが、浮気・不倫に拒絶反応を起こす所を見ると凡そ検討がつく。
私は無意識に父親から貰うはずだった愛情を求め、いつも探していた。高校生の時に初めてシた人は、出会い系アプリでマッチングした40代の男だった。会ってすぐにホテルへ行った。慌ただしくシャワーを浴び、気が付けば肌を合わせていた。
男の唇が私の耳から首、首から胸へと移る。やけに丁寧でまるで壊れ物を扱うようにそっと抱いてくれる。数十分前に会ったばかりの女に対してこんなにも優しくしてくれるなんて男の人は暖かい、そう感じた。
それからは、父親の姿を追い次々に歳上の男に抱かれた。肌と肌が擦れる優しい感触や中を突く荒々しさが私の欲求を満たしてくれる。昨夜別れた男も私の空っぽな心に潤いを与えてくれた。
「荻窪にはラブホはないけど、西荻窪にはあるんだ」何かの映画で言っていた。男と最後の夜は、西荻窪のラブホテルに泊まった。男がコンドームを手にするのを私が止めた。今夜だけは、余らず私に注いで欲しかった。
でも、男は少し困った笑顔を浮かべながら「嫁さんとの間にやっと子供が出来たんだ。」と言った。
そして、何も言わずにコンドームをつけ私の中に入ってきた。何も満たされなかった、何も感じなかった。
男は始発を待っていたかのようにそそくさと部屋を後にした。結局、私には何も残らなかった。並々と注がれていたように思っていた男からの愛情は、ただの憂さ晴らしでしかなかったのだ。最初から分かっていたことなのに、どうしてこうも虚しいんだろう。
中に注がれても、迷惑かけないようにアフターピルを飲むつもりだったのに。予め土曜日にも診療してくれるレディースクリニックを調べておいたのに。そんなことばかり頭に浮かび、男との思い出は一切よぎらなかった。
ベッドから起き上がり、駅に向かう。改札の前まで来て、足を止める。もう二度と来ることはないであろう西荻窪を見たくなった。
灯りのついていない赤提灯が並ぶ路地。打って変わって小洒落た飲食店が並ぶ通りもある。北口出てすぐの西荻北銀座街を通り、所狭しと並ぶ商店を眺める。
少し坂を登ると欅が目に入った。面白味のある統一されていない街並をゆったりと見守るような大木だ。この街は、どんな人でも受け入れてくれる。そして、この木がいつまでも優しく包んでくれる、そんな気がした。
「お父さん」
その木に向かってそっと呟く。
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