2駅目 吉祥寺
「今度、このお店行きたい!」
若いカップルが見た目が派手なインドカレー屋を指さしてはしゃぐ。そんなことを笑いながら言い合ったのは何年前か。
子供もようやく小学校に入り、子育てが少しだけ落ち着いたと思った矢先に待っていたのはママ友同士のランチ会だった。幼稚園の時も同じようなママ友の交流はあったが、大学までエスカレーター式の私立に進んだため、さらに関係が密になった。ほぼ毎週、子供の学校がある吉祥寺のお洒落なカフェでランチをする。
旦那は自分が稼いだお金で呑気にランチをしている私に良い顔をしない。それもそうだ。だが、私も好き好んで浅い関係性のママ友とランチをしている訳では無いのに、と、心の中で毒づいてみる。
今週もランチ会は当たり前のように開かれた。百貨店の近くの隠れ家的なカフェは、1人で来れたらどんなにいいかと思うほど落ち着いた雰囲気だ。紅茶の香りが少し私の心を癒してくれる。
「うちの子、ピアノやっているの。みんなも一緒に習ってみない?」
1人のママ友が発した言葉でまた現実に戻される。
「ええぜひ、でもうちの子出来るかしら?」
「1度体験してみてから決めるわ。」
他のママ友が同調しつつも乗り気ではない答えをする。私も何か答えなければ。
「いいわね、」
その後が続かない。一瞬の沈黙の後、次の遠足に話題が逸れた。
「それでは、またランチしましょうね。」
毎回この言葉で締められる。駅前の時計の針は14時を少し回ったところを指している。子供が帰ってくるのは16時前だ。ここから家は歩いて20分ほど、まだ時間がある。いつもなら、直ぐに帰るが今日はまだ帰る気になれない。
たまに行ってた甘味屋に行こうか。商店街を進み、2階にある甘味屋を目で追う。1階の入口がシャッターで閉じられていた。独身時代、憧れだったこの街のことが少し嫌いになりそうだ。ただ呆然と「定休日」の文字を追う。
「まじか、今日定休日なのか。」
後ろから声がして振り向くと、若い男の子が残念そうな顔で立っていた。
「お姉さんもここに来るつもりだった?なんか、がっかりだよね。」
人懐っこい笑顔で30過ぎの私をお姉さんと呼ぶこの青年に初対面ながら何故か縋りたくなった。
「ねぇ、どっか行かない?」
クレープを片手に井の頭公園のベンチに座る。美大に通う学生だという青年は、匠という名前らしい。あの人懐っこい笑顔で私と他愛もない話をしてくれる。私のつまらない話を一つ一つ拾い上げてくれる。
公園でクレープを食べるのは大学生ぶりだ。隣にいるのが10も離れたおばさんで恥ずかしくないかしら、と気にする気持ちをすべて包んでくれるような気がした。
公園の時計が15時半になる。家に戻らなくてはならない。そろそろ帰らなくちゃと席を外す。
「美和さん、またここで話そうよ。」
またあの笑顔だ。もう逢わない、次逢ったら完全に縋ってしまう。
彼はまだ若い。
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