片道1時間30分、電車に揺られて君は何を想う。

杏ノ鞠和

1駅目 三鷹

 嫌になるほど青空で、6月というのに汗をかくほど暑い。土曜日、通り過ぎる人達はみんなどこか長閑で、1人で歩いてるのは私だけなんじゃないかと思う。こんなに胸が痛んでいるのも私だけなのかもしれない。


 和哉とは、2年前に出会った。友達に半ば無理やり連れていかれた合コンに和哉はいた。男性にしては色白だと思った。そんなこと考えながら、私は愛想を振り撒くこともなく目の前にあるサラダをつついていた。

「そのサラダ美味しいよね。」

 横から声がして、顔を向けると和哉が隣にいた。美味しいとか考えてなかったけど美味しいのかもしれない、和哉に言われるとそう思ってしまう。


 それから、私達は2人でご飯に行って3回目のデートで和哉から告白された。嬉しかった。食べるのが好きな和哉は色々なお店に連れて行ってくれた。口に入ればなんでもいいと思っていた私の価値観を変えてくれた。

 和哉は、私が作るご飯も好きだった。なんでも美味しいと言って食べてくれるから、沢山料理を練習するようになった。


 和哉は、三鷹にある私の家に来る度にここが1番落ち着くと言った。和哉は、総武線の端の千葉から1時間半かけて来てくれる。3つ歳上の彼は、外ではエスコートしてくれ、家では私に縋って甘えた。


 三鷹駅で待ち合わせて、のんびり街歩きも沢山した。北口すぐのパン屋さんに行ってバケットを買い、寄り道してノスタルジックな古本屋で立ち読みして、この本読んだ、まだ読んでない、面白かった、面白そう、と他愛もない会話を繰り返す。幸せだった。


「話がある。」

 そう言われて彼は、また千葉からやってきた。嫌な予感がした。

「来月から海外に転勤になった。芽衣のことは好きだけど、少なくとも4年はあっちに居なきゃいけない。だから、なんていうか、俺はまだ自信がない。だから、ごめん。」

 ごめんってなんだよ。2年間をごめんで終わらせないでよ。

「わかった。」

 言いたいことは沢山ある。でも、出てくるのは涙だけだった。好きだった。

 泣いてる私を抱き寄せ、黙って涙を拭ってくれる。そういう優しさが1番傷付く。

「ごめん…。」


 それからは、時間の流れが妙にゆっくりで料理もしなくなった。でも、なんだかお腹はすく。どこかに食べに行こうか。


 南口を出てすぐのラーメン屋、ちょっと分かりずらいところにある餃子が美味しい中華屋、靴屋の近くのイタリアン。


 ここには、和哉との思い出があり過ぎる。


 和哉が大好きだったたい焼きを一つ買う。しっぽから食べる派の私を見てにこにこする人はもういない。目の前が滲む。


 まだ、時間がかかりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る