4駅目 荻窪
大田黒公園には、噂がある。紅葉が空を地面を一面に紅く染める時期になると、女が出ると。
かつて、荻窪は「東の鎌倉、西の荻窪」と言われ、文化人がこぞって別荘を建てた地である。現在駅前には、大型商業施設があり、若者も多く行き来するベッドタウンだが、少し住宅街にはいれば当時の面影を残す建物が一際目を引く。
少し肌寒くなり、来週にもコートを出さなければと考えているうちに総武線のアナウンスは「荻窪」に到着したことを伝える。
荻窪へ取材に来た俺は、入社3年目、初めて1人で趣味雑誌「monoke」の1ページを任されたのだ。子供の頃から描いてた夢の第1歩を踏み出したところだ。
取材がない限り降り立つことの無い地だが、なかなかディープで面白い街だ。
今日は、荻窪で有名なラーメン屋に取材を申し込んでいる。
「取材で来ました高野です。今日はよろしくお願いします。」
と愛想良く見えるよう元気よく挨拶をする。
店主は、取材になれているようで、にこやかに迎え入れてくれる。
早速、ラーメンを注文し、店内を軽く見渡す。後から女子大生2人組が入店し、俺と同じラーメンを注文する。
ここは女性でも入りやすい店なのか、これも記事に書いとくか、と計画を練る。
彼女らは、ラーメンが来る間楽しげに話をしている。他愛もない話が続いた後、1人が「大田黒公園に女の人の幽霊出るって知ってた?」となにやら面白そうな話をし始めた。
まだ経験が浅いとはいえプロの記者、ネタになりそうな事には聞き耳をしっかりとたてる。女子大生は話を続ける。
「私もよく知らないんだけど、毎年この時期になると真っ赤な着物を来た女の人が出るんだって。実はその女の人、人を食べる鬼だっていう噂もあるの。しかも、閉まっているはずの入口が空いているんだって。」
よくある話だとは思ったが、その女を写真に納めれば記事に出来るのではとプロ根性に火がついた。夜、出直して来る事にする。
夜11時を少し回った頃、再び荻窪へ降り立った。昼間とは、また違った雰囲気で街が魅せる顔には限りがない。
目的地の大田黒公園に向かう。静かな住宅街は、なかなかの雰囲気があり期待が膨らむ。公園に着くと、色付いた紅葉がそよそよと夜風に吹かれ、地面を紅く染め上げる。ゆっくりと辺りを探索すると、女が1人立っていた。紅葉と同じ紅く、鮮やかな着物を着ている。女は、月を見ている。その表情は、どこか寂しげで今にも消えてしまいそうな儚さがある。不思議と恐怖感はなく、むしろ目を見張る容姿に惹かれていた。もはや、カメラを持っていることを忘れている。
「お前は、私と来てくれるのか。」
琴の音色を思わせる声が、耳元を支配する。女が伸ばした手を夢中で掴む、否、掴もうとした。
俺にはまだやりたいことがある。一緒には行けない。
「お前も一緒には来てくれぬのか。」
大田黒公園には、噂がある。
昔、ある作家の元に嫁いだ女が何をしでかしたのか主人になぶり殺された過去があると。その女は惚れた男を連れていくのだと。
紅葉を見る度に思い出す。女の寂しげな顔や仕草、声色を。
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