第31話 シオン
白廣坑に、人間はいなかった。
ウミノの祖先のように、ここの住人は全て墨天坑に旅立ったのだろうか。
それとも、白廣坑に残った人間は滅びたのだろうか。
今となっては、確かめようがない。
たどり着いたシオンはほとんど死人であった。心臓の音だけが異様に大きかった。リュックの中身は箱庭だけだった。
何百年も人の住んでいない、電気設備などとうに壊れている廃墟で、シオンは力尽きた。
シアンの彼方 ハッピーエンド
「え、なんでここに人間がいるの?」
シオンは暖かい光に包まれた。
体力、気力が戻っていく。肉体が元の姿に、いや、栄養失調だった墨天坑時代の身体よりさらに健康な姿になっていく。ハッピーエンドのエンドロールは遠ざかる。
塞がっていた目が開いた。そこには人間のような何かがいた。
印象に残らない、美しくも醜くもない青年の姿。
「大丈夫、なにも話さなくていいからね」
「あなたは……?」
「それを発明した人の友達だよ」
青年はシオンのリュックを指差した。
「長生きなんですね」
箱庭が発明されたのは地上焼却以前のことだ。もし本当なら、この青年は何千歳か。
「神だからね」
「あー、同業者かぁ」
「失礼な子だなぁ」
「……神に祈るのは……初めてだから、的外れで下手かも知れないけど……」
「助けてよ、私達を! 同業者だから分かる! なんで見ようとしなかった? 墨天坑の惨状を! あの場所はっ!もうダメだ!」
「……ごめんね」
神は、目を閉じて答えた。
「それはできないんだよ。訳も……絶対に言えない。同業者だから分かるよね?」
シオンは、どうして自分が神になったのかをヒナらに言っていない。
宇宙に行ってはいけないとした理由も、文明の発展という漠然としたものを助ける理由も、なにも言っていない。
「……そうか、そうだよね」
ああ、ヒナや隼人はこのような気持ちだったのかと悟る。
『これ』がいるから自由がない。
「すまない……許してくれとは言えないよ」
脱いだ靴下に隕石を詰めたものを振りかぶり、振り下ろす。見事頭に命中した。
力なく倒れ込む神。血が流れて、シオンの足元を濡らした。
「同業者だから分かります。神殺しって、くだらないものですよね」
すぐ再生するでしょ、とシオンは醒めた目で神を見た。
「……痛いな」
「驚いた。痛みを感じるのか」
「感覚の遮断は、しないようにしてる。友人だったあの人と、できるだけ同じ感覚でいたかったから」
……でも流石にこれは痛いぞ、遮断するよ、と神は呟いた。
「私も、そうしていたなぁ」
神のシオンは、ヒナや隼人たちと対等であろうとした。しかし、ヒトのシオンは、神と対等にはなれなかった。
「隼人はすごいなぁ、神様とすら対等でいようとしてくれた」
これから、どうしますか?
どちらからともなく、問が上がる。
言えないな、とシオンは呟く。神も頷く。
神様だって、頭の中までは覗けない。
神は、箱庭に無限の電力を与えてくれた。
しばらくの不死も与えてくれた。
それからシオンは、かつてこの世に存在していたという地下の種子バンクを探して旅に出た。
そこの作物なら、この地上にも実るかもしれない。
神の妨害があるかもしれない。
種子バンクと間違えて、死の穴に迷い込んでしまうかもしれない。
それでも、シオンは足を止めないだろう。希望はまだ、この世界にいくらでもあるのだから。
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