第30話 楽園のガードナーは今日も憂鬱
通電の日
停電の原因は、やはり隕石だった。電力供給が復旧した今、愚神派研究所の職員たちは地下の奥深くに帰っていった。彼らは、シオンは蒼電塔に移ったと知らされている。
今やシオンの居室となっている資料室に、ノックが響く。
「シオンさーん」
一虎だ。一虎がハッピーエンドの製法を奪いに来た。もう『案内人』の腕章は付けていない。
「シオンさーん?」
再びノック。返事はない。
「入りますよ!」
部屋には誰もいない。そして、『箱庭』も無くなっている。
「やられた!」
備蓄倉庫を見れば大量の固形食料がなくなっているし、時速100キロ出る『人力スゴイチャリ』も消えている。
「ウミノ! 行き先に心当たりは?」
「知らんよぉ一虎ちゃん」
ハッピーエンドには興味のないウミノは嘘を言う。彼女はただ、地上が混乱するのは嫌なだけなのだ。
「また俺だけ……ハッピーエンドはお預けか……」
「そんなもん無くても、この世は楽園やで」
シオンは「人力スゴイチャリ」で西を目指す。スゴイチャリはどこまでもすすむ。川を浮遊し、森を切り拓き、西へと進み続ける。
載せているのはヒナたちのいる『箱庭』と1年分の固形食料。
秋が来る。空はどこまでも続く。
冬が来る。穴を掘ってやり過ごす。地中は優しい世界だった。何年でも潜っていたかった。
春が来る。知らない草が生える。葉巻の草だ。
食料が尽きそうになる。シオンは思わずそばにある果実を手に取る。飢えを満たす。
この実も例に違わず毒であった。数日胃の中身を吐き出し続ける。
毒の後遺症で右足が使えなくなる。目もほとんど見えない。
もう、チャリは使えない。
「とてもつらい」
ハッピーエンドを飲みたい、と思う。なにも辛くない、なにも望まない精神性が欲しかった。
ヒナはあの薬を飲んだだろうか。
木の枝を杖にして、歩きだす。箱庭は重い。
空は青い。シアン色よりもまだ青い。
神様だったあの時よりも、なにも知らなかったあの時よりも、今の私はずっと自由だ。
そう感じた。
ここで斃れたとしても、この人生はハッピーエンドだったに違いない。
神様がいたという白廣坑の廃墟に、電気が通っていれば申し分ない最高のハッピーエンドだ。最後に、ヒナたちを解放する。『君たちは自由だ』と言い残して死んでしまおう。
祝福よ、どうか。そこにありますように。
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