第27話 新人類は日暮れを見る
脱いだ靴下に隕石を入れる。数回振り回して慣性をつけてから、勢い良く窓ガラスに振り下ろす!
鈍い音をたてて割れるガラス。シオンは軟禁部屋から抜け出した。
「どうしたもんかなぁ……」
シオンの許可が無いならハッピーエンドを作らない。そう、一虎は言った。しかし、それが守られる保証はどこにもない。
電力供給が再開した途端、シオンの箱庭から製法を抜き出して薬を製造する可能性は捨てきれない。
ハッピーエンドを守るためのタイムリミットは墨天坑の通電の日だ。
シオンは、ポケットの隕石を握りしめた。
「順番間違えたら大変なことになるな……」
①脱走がバレないうちに蒼電塔で食料と照明を盗み出す
②墨天坑に潜る
③箱庭を確保、地上に戻りだれにも見つからない場所に箱庭を隠す
④電力供給を復活させるためにサンに会う(伝言だけでも良し)
⑤箱庭に潜り、ハッピーエンドに関する記憶と記録をすべて消す(ヒナ達に会う)
⑥一虎と所長に死ぬほど謝る
「これでよし」
シオンは裏口から蒼電塔に入った。足音がして、咄嗟に『資料室』に飛び込む。
山積みになった端末類は動かない。そして、数は少ないが紙製の書籍。
「おうおう、誰やそないに急いで? 墨天坑の子? 珍しいな〜」
先客がいたようだ。そして、この体格の良い、不思議な訛のある話し方の女。説明されなくともすぐに分かる。
「あなたは……新人類の方ですか?」
「せやで」
彼女の名はウミノ・ヒグレ。ヒグレが名字でウミノが名だ。説明不要の新人類。
「ウチはなぁ、ここであんたらの本読むのが好きなんよ。
停電で端末類が使えないとはいえ、わずかな紙の書籍は読める。
「
得意げに語るウミノ。
「……えっとひとつお願いなんやけど、ちょっとまとまった量の固形食料が欲しいんよ。どこにあるかわかるかなぁ?」
たどたどしい新人類語。
「持ってるで」
ウミノは鞄から固形食料を取り出した。
「……はぁ?」
なぜ、あなたがそれを持っている。
それは私達旧人類の生命線ではないのか。
どうやってそれを手にした。
様々な思考がシオンの脳内をかけめぐる。
「一虎の兄ちゃんがくれたんやで」
「…………はぁ」
「なんかね、カンナビ草のお薬と交換で一虎の兄ちゃんが固形食料くれるんよ。あんなフワフワする気持ち悪い葉巻のどこがええんやろか。目の下黒い地上の民って人たちはカンナビの葉巻を喜んで吸っとる」
「ああ、そうそう。この固形食料っていうものもあと10年ぶんしか無いらしいで。子供もおらんみたいやし、自分ら、もうおしまいかもしれんね」
シオンがかつて夢見にて、そして否定しようと誓った廃退と快楽の楽園は既に地上にあったのだ。
人類はあと10年で滅びる。人類は快楽に溺れることができる。人類は宙に祈りを捧げることができる。人類の歴史を語り継いでくれる人々もいる。
「今まで、もう充分頑張ってきたじゃないか。もう、休んでもいいんだよ」
そう、優しく囁いてくれる世界。
ここは楽園だ。
「でも、なんでか知らんけど一虎っちゅう兄ちゃんだけは地上の民やのにずっとシラフなんよな」
「……その理由は、これからお話します」
いつの間にか、背後に一虎が立っていた。
旧人類は、成人するときに3つに分けられる。
ひとつ目は地上の民。食用にできる動植物を探していたが、もはや見つからないと匙を投げた。しかし、草の煙は摂取できることを発見。探検事業は数十年前に打ち切られた。
ふたつ目は蒼電塔の塔台守。地上の民が全てを諦めていることを知っている。それでも諦めずに、宇宙に一縷の望みをかけている。
そして、墨天坑の愚神たち。地上の民の真相を知れば、憤らずにいられない価値観を持った人々。だから愚神派研究所の所長だけが真実を知り、やりがいのある(ように見える)仕事を与えて地下に隔離されている。
すべては、地上の平和を守るため。
固形食料の備蓄がまだあるとシオンたちが信じていたのは、そうでないと地下がパニックに陥る可能性があったからだ。
「なぜ、それを今私に話したのですか?」
「真相を知れば、あなたがハッピーエンドを渡してくれると思ったからです。先程言えなかったのは、あなたが地上の真相を知ったとアル所長にバレれば、あなたは無事では済まないと考えたからです」
「……しばらくは、ここで暮らしてください。僕は……地上の民のために生きたいです。それが、酔えなかった僕に残された使命ですから」
「ウミノ、見張りを」
一虎は、ポケットから出した固形食料をぞんざいにウミノに投げ渡した。
「愚神だか何だか知らないが、この世界の平和を乱すなよ」
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