第25話 祈り

 その時、大地の民のテントから半裸の男がフラフラと出てきた。男は座り込むと、黙って大空の一点を見つめ続ける。地上の夜はまだ寒い。

 男は30歳くらいか。墨天坑のアビと同じくらいの齢だ。もしかしたら、先ほどアビが会いたいと言っていた『友人』なのかもしれない。変な力の入り方をした、不自然な姿勢をしたまま動かない。

 どこからか一虎が現れて、半裸の男を介抱しながらテントに向かう。

 咄嗟に隠れたシオンには、一虎の表情が見えなかった。こちら側に向いた反射材つきの腕章の『医療スタッフ』の文字だけがくっきりと見えた。

 ポケットの重みを感じなかった。

 

「行くか……」

 蒼電塔の方へと踵を返す。そちら側の空には何も見えない。

 

 

「バレてないとでも思った?」

 背後に一虎がいた。優しい案内人の一虎だった。

「……すみません」

「トイレがある墨天坑は逆方向ですよ」

 

 さっきの人は、どうしたの。

 その一言が言えなかった。

 

 尿意は無いが、一虎の案内に従った。墨天坑地上付近の廊下は、非常灯すらついていない。シオンは一虎に渡されたカンテラを片手に廊下を降りていく。

 女子トイレを通り過ぎ、子供部屋のノブに手をかける。ざらりとした感触がする。

 軋むドア。部屋には埃が堆積している。ここ数年は放置されているようだ。

 隣の部屋を調べる。結果は同じだ。壁に掛かる万年カレンダーは、3年前を示している。

 

「この世界に、子供はいないのだろうか」

 

 


 

 翌朝。

 地上焼却作戦から数百年経った地球は、手付かずの自然を取り戻している。

 生い茂る草木。鳥の声。どこまでも続く蒼い空は、青霧島のそれと少し似ている。

 森には甘い果実がなり、動物もたくさんいるが…… それらすべて、シオンたち旧人類には毒である。

 

 

 シオンたちの朝食はいつも通りの不味い固形保存食、そして、いつもより明らかに多い量の水耕栽培レタス。味付けは塩。シオンが現実世界で食べる、今までで一番豪勢な朝食だ。

 停電の影響で水耕栽培施設が動かないのだ。だから、枯れてしまう前にすべて収穫して食事に回している。今年はもうレタスが食べられないだろう。

 


「蒼電塔は今どうなってる?」

「とりあえず電気系統を洗いざらい調べてるってよ」

「終わったら、蒼電塔には行っても良いらしいよ。見張り付きらしいけど」

「よかったなシオン。久しぶりにサンと話しておいで」

「うん……」

「え、じゃあ俺も大地の民の友人に会っていいですか!?」

「ダメです」

アビに対して一虎は頑なだった。

 

「ケチ」

 

 シオンは、保存食を包んでいた包装紙にメモ書きを見つけた。

『墨天坑のシオンさんへ

 少し長いお話があります。食後すぐ、テント裏に来てください』

 

 一虎はまだここにいる。縋るような目でこちらを見ている。よく見れば手元は祈りのポーズをしている。

 そういえば、青霧島で誰かに祈られたことは無かったな。神様なのに。そう思いながらシオンは、メモを丁寧にポケットに仕舞った。

 そして、誰にも見られないように『了解』のハンドサインをした。


 

 

 

 

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