第22話 地上へ

シオンの頭の中で、電流のような感触が走った。

「!!??」


咄嗟にヘッドセットを外すシオン。

いつもいる愚神派研究所が、闇に包まれている。


ざわめく研究所。非常灯だけが頼りなく足元を照らしている。


最年長の桜という職員が部屋の異常を確かめている。部屋に目立った損傷はない。上層で何らかのトラブルがあって停電したのだろう。

そう結論付けると、彼女は最年少者……シオンのそばに回った。表情は見えないが、怖がりのシオンはきっと怯えているだろうと判断したからだ。

心音は聞こえない。そばにいるだけで聞こえるはずもない。


「シオン! ナギ! 桜! 白竜! 真也! ジン! タニヤ! アビ! 無事だったか?」


数分後、所長アルがエレベーターから降りてきた。ワイヤーを伝って、数十キロメートルを滑り降りてきたようだ。それに耐えうるように強化鎧をまとっている。


「収電塔の発電設備に不備が出たらしい! 皆最低限の装備を持ってメイン回廊に集合! 」


十分後、シオンはほかの職員とともに回廊に集まっていた。


この墨天坑はかつて核シェルターとして設計されたものだ。

ゆえに深く、居住スペースが効率的に配置されている。


円柱状の深い穴があり、中心部に太い柱がある。内部に食料などの物資をため込んでいる。その外側をらせん状のスロープが這っている。一番外側、階段からして右側に、個室が並んでいる。

戦争があったころは、ここに国民を避難させる予定だったらしい。地上焼却作戦の際には、専らコールドスリープ装置が安置されていただけで、数少ない起きている人たちも、ただ大人になるまで生かされているだけだった。


ゆえに、頻繁に人間の移動があることなど想定外として設計されている。

階と階をつなぐ直線的な階段や短距離のエレベーターは存在しない。


職員たちは、非常灯の明かりを頼りに正味50キロメートルを歩く。

言葉などはなかった。


人間の歩行スピードは一時間当たりおおよそ4キロ。傾斜を考えて3キロとして、約16時間はかかる。休息時間を考えると2日の旅になるだろう。


墨天坑のもろさは、そこにある。

なぜ墨天坑愚神派研究所がここまで深い場所にあるのかというと、有事に備えてである。

地上焼却作戦を人類が選ばざるを得なかった理由は、下位世界からの疫病の蔓延だった。今まで物理的交流がなかった存在との邂逅は、リスクでしかない。


下位世界側の人間が、こちら側に来るすべを見つける可能性がないと、どうしていえるだろうか?


そうなったときのために、愚神派研究所は地の底にある。

下位世界側の者……例えば米崇ヒナがこちら側を訪れた場合、アラートが鳴って愚神派研究所と上との階段にあるエアロックが作動する。


ヒナと職員たちは閉じ込められ、全員が病死するか……あるいは、餓死するまでロックは開かない。


そういう仕組みのために愚かな神職員たちは地の底にいるし、そういう安全維持のために愚かな神シオンたちは下位世界の人を宇宙に行かせないし、そういうリスクの対価として彼らは快適な環境で生活できているのだ。


青霧島の空の果てが墨天坑の地の底に繋がっていないなどと、どうしていえよう?

だれも宇宙に行ったことはないし、だれもそうなった世界を見たことはない。




ほどなくして、メイン回廊に全員が集まった。

シオンは、何も持っていなかった。


地の底に、大切なものはなかった。



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