第21話 雨

5年たった。

シオンはまだやってこない。

それでも、私はいつか彼女がやってくるのを信じている。


私は、雨が降り続ける青霧島の教団で、ずっとレポートを書いている。シオンがくれた機械を使えば、タイピングの技能がなくても文章がスラスラと出力される。

高校を卒業した私の、使命だった。キュレーターは情報を整理し、シオンに提出する。

いつかあの子が帰ってくる日のために、手を止めることはできない。


今作っている報告書の内容は、ここ数年の世界情勢について。

シオンが何も言わずにいなくなってから、いろいろなことが起きた。


東の島が燃えている。落雷で始まった小さな炎は、いつしか大陸の三分の一を飲み込むようになった。

今までなら、大火事が起こった場所には必ず大雨が降っていたのに。このような大規模な火事は前例がない。前例がないから、対処のしようもない。


シオンがいなくなったからだろうか? いままで雨が降っていたのは、シオンのおかげだったのだろうか?


わからない。


炎が街を、人を、いきものを飲み込んでゆく様子を、私はすべて見ていた。見なければならなかった。私はそのために生きているのだから。


逃げ遅れ、肺を焼かれかけた女が最後に吐いた

「神様、もしいるのでしたら助けてください」

という言葉は、このレポートには書かないでおくことにした。


東大陸からの難民を受け入れる場所は、少し足りない。ここ数年で地盤沈下が起き、いくつかの島が沈んだからだ。

こうなることを決めたのはシオンであり、その背を押したのは私だ。


なぜ、あの子は帰ってこない? なぜ?

考えても分からない。何でも知っている私にも、分からない。

宇宙と同じだ。わからないから、手を伸ばしたくなる。そこに行きたくなる。


私はかつて、世界には知らないことがたくさんあることに気づいて、それが恐ろしくなって死のうと思った。知らないことが、怖かったのだ。そう思っていた。


しかし、本当はそうではなかったのだろう。私は、手が届かないことにしか興味がないんだ。きっと。わからないことがあるのは、さながら真っ暗闇のなかを歩いているようなものだった。

シオンに出会って、すべてを知ってから、私は良好な視界の中で暗闇を求めている。


明かりの中で、分かっていることをまとめながら。


ねぇシオン、私は空への夢を諦めてはいないよ。それに、薬も飲んでない。不思議とね、この薬が手元にあると安心するんだ。いつでも諦められるって。辛くなったらこの薬を飲めばいつでも『ハッピーエンド』になる。そう思えば勇気もわいてくる。


私は机の引き出しを開けた。中には『ハッピーエンド』と拾ってきた隕石、そしてすべての計画書が入っている。


大火事が収まって、世界が平和になったら。そうしたら、この計画を始めよう。シオンはこれを見て笑うだろうか。それとも、これもやってはいけないと止めるだろうか。


どちらだとしても、そんな日がやってくるのを待っているほかなかった。





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