第19話 対等
先に動いたのは、隼人だった。
八双に構えた模造刀を、わざと大降りに振る。牽制だ。ここまでの一連の流れで、シオンはおそらく武の心得すら持っていないことは容易に想像できた。
大仰な攻撃に怯んだシオンに数回の反撃をさせ、すべてをいなす。最後に軽い一撃を与え、降参させようというわけだ。
いま、隼人は久しぶりに胸が高まるような気がした。シオンに出会ってから、自分たちはこの女の意のままに操られかねない不自由なものだと感じていた。シオンがいるから、ヒナの夢は叶わず、自分はそんなかわいそうなヒナを守れない。
それどころか、ヒナのための次善の策でしかない薬すら、シオンは奪ってゆく。
強き者は、弱きものを守る。それが掟だ。
隼人は自分が強者だと信じたかったのだ。そのためにはヒナを守らなければならない。その障害となるのは、圧倒的な力を持つシオンだ。
一方的な力を持つ彼女に、今この舞台でなら勝つことができる。
一つの世界を犠牲にして作った、『ハッピーエンド』を取り返すことができる。
この一戦を、ヒナに捧ぐ。
彼が本気でたたかえば、すぐに勝負はついてしまう。
青霧島の三崎隼人は、墨天坑のシオンと、戦いたかったのだ。
再び構え、当たらないと分かっている斬撃を放つ。
道場の空気が震えた。
案の定驚いたシオン。切っ先が放つ風切り音におののき、一瞬動きが固まる。
残心をとって構えている隼人に、怯えた一手を出した。それを軽く受ける隼人。続くシオンの連撃にも、全く動じない。すべてを躱すかいなすかしている。
数十秒の間、シオンの攻撃は続いた。つまり、数十秒の間、隼人は回避行動をとり続けた。決定打はなかったというわけだ。
運動能力の低いシオンの側に疲労の色が見え始めたころ、隼人はバックステップした。間合いはおおよそ2,3メートルか。
その一瞬だけ、隼人に隙が生まれる。この隙こそがシオンにとっての勝機。また、これを逃せば隼人が攻撃を『当てて』くる。すなわち、シオンの負けである。
そのとき、隼人には見えたのだ。
獰猛な、しかし心底幸せそうな笑みを見せるシオンの顔が。防具越しに。
隼人には見たことがない表情だった。
剣先はまっすぐシオンの肩へと突かれた。
今までで一番早い突きだったのかもしれない。
シオンの体は狙っていたはずの場所よりも奥にあった。彼女は最後の攻撃を、渾身の力で後退したのだ。
姿勢が崩れ、ほぼ倒れたともいえる格好のシオンの足に、隼人は模造刀で軽く一撃を与えた。
隼人の勝ちだ。『ハッピーエンド』は隼人のものだ。
防具を脱いだシオンは、負けたにもかかわらず清々しい顔をしていた。それが隼人には気持ち悪く感じられたが、少し考えればその理由はすぐに分かった。
彼女が再三言っていた『対等でいたい』という願いは、この一戦でようやく叶ったのだから。
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