第18話 白

白い鳥が、空を飛ぶ。青い空をどこまでも、上へ上へと昇ってゆく。


同じ種類の鳥の群れは、すでに遥下にいる。


空気が薄くなっても、ずっと同じペースで飛んでいく。

本当にただの鳥ならば、十分な揚力が得られず、墜落していたことだろう。しかし、この鳥は凍りそうな翼を絶えず動かしている。

もはや、上も下もなくなりそうだった。



空の境が見えた。藍とシアンの境目だ。宇宙への入口だ。この先までも進めるだろうか。そう考えた、そのとたん。

鳥の体は解れた。


変身が解け、鳥は人間となった。神の力は、ここから先では通じない。

そのまま重力に身を任せた彼女はしかし、怖いとは思わなかった。

ああ、あの子はこの向こうの景色を見たかったのだ。

そう考えながらどこまでも落ちてゆく。


見覚えがある屋根が見えた。金持ちの家だ。

まだやることが残っている。


シオンは地上へと移動した。



隼人の部屋のドアをノックする。

そこにいることは分かっている。


「ハッピーエンドを回収に来たよ。あれは危険なものだから」

「そうだろうか?」


隼人は、適量に薄めた乳酸菌飲料を差し出した。濃い目に作るという発想はない。


「製法のノートはもらっていく。ごめんね」

今現在、製薬会社は結核の治療薬を作るので手いっぱいだ。そうでなくても、依存性も副作用もない麻薬というものは誰も傷つけないものの社会の正常な発展を妨げる恐れがある。だから排除する。


そんなことを、シオンはいった。

ヒナには、ハッピーエンドすら許さない。そういうことだ。自分の目的墨天坑のためには、ヒナの夢を奪い、幸福を奪うことすら容赦しないのだ。この神は。

やはり、シオンは隼人と対等になれない。


「……わかった」

「なんだ。物分かりいいじゃん」



「その前に、一回勝負しよう! 小細工なしで」

「では、剣術でいいか?」



二人は、学校の剣術道場にいた。

「なるほどね。一対一。対等だ。もちろん小細工はしないよ。……神に誓ってね。これで君が勝ったら、ハッピーエンドをきみにあげる」

「いいな。俺は……強い」


シオンは、手慣れない動きで防具をつけていった。ようやく構えた模造刀も、切っ先がぶれている。武道への理解がないのを、全身で示していた。

墨天坑で体を動かすことをしたのは、もう何年も前だ。


今、彼女は何の力も使っていない。明鏡止水勝ち目なし……! と脳内で叫ぶ。


一方、三崎隼人は自然体で構えている。

シオンは、『対等』であろうとし続けた人間だ。だとすれば、ここで能力を使うことはさすがにないだろう。それをやると、自分自身への裏切りとなる。


だから、彼はいつも鍛錬でやっているように、細く長く息を吐いた。恐れるものはない。この一瞬だけは、二人は同じ場所に立っている。そして、勝機はある。それが堪らなく清々しい。


「はじめ!」

誰が叫んだともわからない合図とともに、二人は間合いを詰めた。



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