第15話 ヤシロ
シオンは、神社、または寺院、または祭祀場と呼ばれる場所の前を歩いていた。
ここは島の中心にある山の上にあるので来るものは少なく、さらに朝早いので閑散としている。
考えているのは、三崎隼人のこと。
彼は、シオンの思う『神としての規範』を明らかに逸脱している。しかし、シオンには隼人が悪だとは言い切れなかった。
むしろ、ヒナを救うために薬の被検体たちを何千人も苦しめている隼人と、
いっそのこと隼人のように、『対等』であることをやめた方が、良かったのかもしれない。ここの住人のすべてから自我を奪い、ただひたすらに技術開発だけをやらせれば、墨天坑を救う手立ても簡単に見つかるのではないか? ヒナのような人間が、叶わない夢に苦しめられることもなかったのではないか?
しかし、過去の記憶が、傲慢になってしまった苦い思い出が、未だに彼女を『対等』にふるまわせる。シオンは、隼人のようになれない。
自分は、果たしてヒナの言う『いい神様』であり得るのだろうか?
思考を巡らせながらも、シオンは歩き続けた。
青霧島を一望できる公園を見つけたのでそこで休憩した。
以前、ヒナと一緒に流れ星を見た場所だ。
「お嬢ちゃん、あんた、礼拝は済んだのかい?」
突然、30代半ばの男が話しかけてきた。そして、シオンの隣に座る。
「あいにくと無神論者なんで」
軽くあしらうシオンに、男は話し続ける。一人旅に来たはいいものの、話し相手がいなくて寂しかったようだ。
「俺は、ここの神様にお礼を言いに来たんですよ。俺が小さいころ、病気にかかってしまいましてね。その時、私の祖母は毎日、ここにお参りしたそうです。それで、奇跡的に治ったみたいです。ホント、お医者様も信じられないって驚いたそうで。だから俺は、毎年ここに来るんですよ」
シオンは、ハッとして男の顔を見た。
そういえば、こんな顔の子供の病気を、それくらい昔に治したような気がする。
優しい神だから助けたわけではない。ただ、聡明そうな子だったし、当時の医学では救えない子だったから助けたにすぎない。
そもそも、彼の祖母が祈ろうと祈るまいと、シオンは助けていたのだろう。
すぐ隣に恩人がいることを、この男は知らない。
「本当は春ごろに来るんですがね、なんせ仕事が忙しくって」
「農家さんですか?」
「いんや、自由業。ちっとやることが多くてね」
眼下で、漁船が警笛を鳴らした。観光用のフェリーと接触しそうになったようだ。
男は、港を指さした。
「俺の宿はあそこ……かな? しかし、ここはいい所だなぁ」
「そうですね」
夏が深くなっていく青霧島の空は、シアン色よりずっと蒼い。
「うん、きれいな場所だ」
「それじゃあ、俺はこの辺で」
去っていく男。参道を通って、本殿に向かったようだ。
結局彼は何者なのだろうかと思ったシオンは、男についての情報を手に入れる。全知だ。
彼の名前は、因幡玲。大人気SF作家だ。
因幡玲、私はあなたに感謝している。
私には友人がいた。私は彼女に全知を与えた。しかし、それでも彼女は未知を求めた。宇宙を夢見た。
その夢を奪ったのも、私だ。彼女にはもう、フィクションしか夢を見られない。
最高のフィクションをありがとう。
そう言いたかったが、言えなかった。
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